お天気もいいので、今日はちょっと散歩でもと思って家の周りを歩くことにしました。
それで、股関節歩きっていいらしいけど、こういう歩き方かなぁ、と思いつつ、
カーブにさしかかって、トラックをやり過ごしたらいいか、先に私が行ったら良いかと
ちょっと躊躇したら、着地に失敗して足をくじいて転倒!
ひざからすねにかけて擦りむき傷ができ、血が出て…。
家に戻ってみると、軽い捻挫もしていて、シャワーで汚れを取って、
あわててシップを貼りました。シップ薬はたくさんあるのです。氷も買ってきて冷やしています。
カーブの下がでこぼこになっていたのに気がつかず、着地したつもりが、不安定なところでした。
あ、と思ったら転んでいたのです。ちょっと気を抜くと言うか、よそ見をしながら足を出したのがまずかった。あぁ、そうそう、私は左の股関節に人工関節が入っているので、転び方には気をつけないといけないのです。でも、それは大丈夫でした。
あ〜あ、年はとりたくないですね。おっとっと、ですんでいたことが踏みこたえられなくなっている。
足腰は、とくに弱っているので気をつけていたのですけど。
これでまた、運動が遠のく…。
つまらないヘマのご報告でした。
- 2008/05/16(金) 15:40:52|
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ミャンマーのサイクロンといい、四川省の大地震といい、どうも地球が人類に怒りをぶちまけているような感じだ。詳細がわかってくるにつれて、悲惨な現状が想像を絶するものだと思い知らされる。心から被害にあわれた方たちのご冥福を祈る。
こういう天災が起きたとき、アニタ(梅艶芳)がいたなら真っ先にチャリティ活動を提唱して、先頭に立って寄付を集めただろうなぁと思う。困っている人や恵まれない人を見過ごすことができないアニタだった。その人たちのために、助けを差し伸べなければ気がすまない人だった。チャリティ活動で、アニタの姿が見えないときはなかった、と言っていい。
一般的に言って、香港はチャリティ活動が盛んだ。スターや歌手たちはひとつになって、コンサートを開いたり、寄付金のためのレコーディングをしたり、チャリティ活動に参加している。そうそう、スター総出演の『豪門夜宴』という映画もあった。その点、日本は遅れている気がする。
- 2008/05/15(木) 06:27:55|
- 梅艶芳
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先日、純子さんが出演したフジテレビのドラマ『眉山』を見た(日本では4月4日に放送)。冒頭、入院先の医者と看護婦に対して威勢のいいタンカを切るシーン(ヨッ、音羽屋!、あ、違った)があって、おぉ、懐かしや、と思った。髪もショートヘアをオールバックにしているから、なお更、「お竜さん」みたいだった…(このタンカのシーンで自分のことを”オリュウ”と言っていた気がするが、じつは”オタツ”さんという役名。)と言いたいのだが、私は『日本侠客伝 昇り龍』の”蝶々牡丹のお京”さんを連想してしまった。何故か分からない。”オタツ”さんは末期の肝臓ガンで、一人娘(常盤貴子)を女でひとつで育て、何故、東京からわざわざ徳島に移ってきたか、娘の父親は誰なのか、が分かっていく。娘は自分を父親も知れない私生児だと思い込んでいたが、実は母には秘めた恋があり、その結果自分が生まれたのだと知る。その相手が徳島出身だった。男(山本学)は当時、振られたのだと思って見合い相手と結婚していたが、実は、母が芸者の自分とは不釣合いだと身を引いたのだった。ラスト近く、”オタツ”さんは長い間思い続けた人の腕の中で息を引き取る。
あぁ、やっっぱり、これは”蝶々牡丹のお京”さんだった。映画のお京さんが現代にも生きていたら、きっと、こんなふうなドラマになっただろうなぁ、という展開だった。私のカンもまんざらではない。(と自慢をしても、東映の任侠映画を見たことがない人にはわからないだろうけど)
『日本侠客伝 昇り龍』は純子さんがこの映画に出演することができたので女優をやめてもいい、と決心した作品。山下耕作監督にお話を伺ったときも、「あれは健ちゃんの映画なのに(シリーズは高倉健のものだった)、純子の映画みたいになってしもた。健ちゃんには悪かったけど、純子は輝いていたなぁ」と述懐していた。
ドラマは惜しくも夏の徳島なのに、蒸し暑さが全く感じられない(撮影は3月ではなかろうか)ものだったが、まぁ、よくできていた。私は、ドラマのでき不出来よりも、”オタツ”さんが末期ガンで亡くなるという設定が私はいやだった。たとえ、演技といえども、ガンで亡くなるという役は見たくない。現実的過ぎるから。映画やドラマは虚構の世界、と十分に承知はしているのだが、純子さんが出演しているとどうしても個人的な感情が入ってしまう。
アニタ(梅艶芳)の映画でも、『アゲイン 明日への誓い(男たちの挽歌 III)』だと平気で見ていられるのだが、『夜間飛行』のラストは見たくない。これは病死ではないし、同じく銃で撃たれて死ぬのにもかかわらず、だ。アニタの役が本人にかなり近いものだったからだと思う。アニタが亡くなる前に見たのに、ラストには抵抗があった。私はこの作品でのアニタが非常に好きなのだが、何度も繰り返して見ないのは、あのラストの死に方が原因だ。
- 2008/05/13(火) 06:00:38|
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5月11日は母の日。私は改まって、母に感謝の言葉を述べたことがない。何となく気恥ずかしいからだ。私のうちではプレゼントのやり取りは子供の頃に終わってしまったので、花さえも贈ったことがない。母と私は考えかたが全く違うし、生き方も違う。長年の間に、お互いを受け入れるしかないと悟ったから、今では、意見の違いがあっても、仲良くしている。とことん突き詰めて分析すれば、私と母は全く違う人格なので、妥協して生きていくしかない。だが、そこには親子という肉親の「無償の愛」も確実に存在する。そのお陰で私はアメリカで自由に暮らすことができたし、夢だった本も(自費)出版することができた。
このところ、アニタ(梅艶芳)の遺書をめぐっての法廷のレポートを読んでいると、アニタは肉親の愛にも恵まれなかったのだなぁと思う。アニタを生んだ母親は娘が残した財産は全て自分が貰う権利があると考えているらしい。その財産を残すために、娘がどんな思いをして生きてきたのかは関知しないようだ。権利だけを考えれば、確かに生みの親はその子に配偶者や子供がいない限り全財産を譲り受けられる。だが、アニタの場合、彼女は母親が生存する限りその生活費は毎月供給するが(初めは月に香港63000ドルで今では120000ドル)、残りの財産は彼女があげたいと思う人や団体に行くようにという遺書を残した。つまりは、これがアニタの母親に対する思いの表れだろう。子供としての義務だけは果たす、ということだ。それ以外に母親はアニタの生命保険なども受け取っているから生活に困ることはない。
骨肉の争いは他人には分からないところがある。アニタの場合は有名人だったから、母との関係についてかなりの部分が報道されているし、アニタも率直に認めている。つまり、アニタと母親は金銭的な問題があったりして、うまくいっていなかった。アニタは母親の作った借金や長男(アニタの兄)の保障人にになって作った負債を肩代わりしたとか、お互いに口も聞かない時期もあったとか、それを反省して時々は電話連絡をするようになったとか。母は誕生日に高価なプレゼントを貰ったとか、毎日、漢方のスープを作ってアニタの家に届けている、という報道もあった。親子の情、というものはそこには出てこない。生んで育てた、とうことが愛情なのだろうか?それは親としての義務だろう。愛情は義務とは違うはずだ。今こそ、母としてアニタの遺志を尊重してほしい、と望むだけムダなようだ。目の前にぶら下がっている大金に目がくらんでいる。もし、勝訴したとして、今までの弁護士代を払って、税金を払って、実際にいくら手に残るのか、とても知りたい。この世に正義ってあると思う。
- 2008/05/12(月) 09:27:10|
- 梅艶芳
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先日、ちょっと時間が余ったので旭屋書店をのぞいて見た。すると、私が「スクリーン」や「ロードショー」などに映画の記事を書いていた頃に知りあいだった人の本があった。ハリウッド・スターを中心にしたインタビュー集だ。あの頃の私は、たまぁ〜に、通訳なんかもしていたし、コーディネートもしていたなぁ。懐かしい気持ちもあって、パラパラとページをめくって読んで見ると、これはちょっと違うのではないか…というところがあった。あの時、こんなやり取りじゃなかった、ということが、まるで自分に都合よく書かれていた。解釈の相違とか思い込みからの誤解とか、そういう域を超えた、まぁ、早い話が「捏造」。ロサンゼルスでのインタビューだからばれないと思って書いたのだろうが、この私がいたのを忘れているゾ。因みに、こちらでのインタビューは、ほとんどの場合、スターとインタビュアー(と必要な場合は通訳)しかその場にいない。(日本では、私の数少ない経験から、映画の配給会社の人だとかスターのマネージャーとかが同席するのが普通のようだ。)だから、どんなことを話したのかは本人同士にしかわからない。それをいいことに、あんなことを書いちゃって…。うそは書かない方がいいんじゃない?
スターによっては、ウォッチ・ドッグを雇って自分の肖像権を守っている人がいる。外国だから分からないだろうと権利のない写真を掲載したりすると、突然、訴えられたりする。英語圏だと、書かれた記事をチェックして、でたらめなこと書いている記者やそういう記事を載せているメディアを取材から除外することは良くある。あるいは、インタビューの前に「この取材は○○○のためのもので、それ以外には記事を書きません」という署名をさせられるときもある。それによって、タブロイド誌などに記事を売られることを防ぐのだ。もし、日本語の記事をチェックするウォッチ・ドッグがいたら、日本のメディアは大変なことになるだろうなぁ。日ごろ中国系のメディアの「いい加減さ」にうんざりしているが、考えて見ると「同じ穴のムジナ」かも・・・ね。
- 2008/05/09(金) 04:57:53|
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最近見た映画『Iron Man』と『Speed Racer』。そのビジュアル・エフェストのすばらしさに圧倒された。制作費の大半はスペシャル・エフェクトに使われたのだろう、ストーリーは極めて単純。はっきり言って、さほど重要ではない。詳細がわからなくてもかまわない。とにかく、「見る」ことを経験する映画、といえよう。Amazing!の一言だった。
- 2008/05/05(月) 06:48:35|
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3月 22日の集まりで主催者側から出された抽選賞品。ファン垂涎もののレアなアイタムもあって、くじ引きに一喜一憂。

サプライズ・プレゼントは…これだ!アニタ(梅艶芳)のサイン入り写真。

3月23日に上映されたシルビア・チャン(張艾嘉)が監督した『一個好爸爸』の舞台挨拶。

ほとんどの地下鉄の駅で見かけたポスター

バス停なんかではこれ。

4月1日、偶然通りかかった香港コロシアムのエイローゾーン。拝神が終わって正面の柵にへばりついていたファンと握手するジャッキー・チュン(張學友)。

- 2008/04/29(火) 21:04:56|
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時差ぼけで早く目がさめたので週末の早朝割引に行って来た。最近は滅多にノーマル料金で映画を見なくなったなぁ。見た映画は『The Forbidden Kingdom(功夫之王、日本語タイトル『ドラゴン・キングダム』)』。この作品は孫悟空の如意棒をめぐって、『カラテ・キッド』『酔拳』『白髪魔女傳』『金燕子』などのキャラクターがちりばめられたコンピュータ・ゲームのようだった。見ている間は飽きないし、見せ場もあるが、それだけでもある。因みに、当然ながら英語版。これ以上は、これから見る人たちに悪いので書かない。
香港や日本からもってきたDVDのチェックがほぼ終わった。
- 2008/04/27(日) 17:19:49|
- 日常
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今年のカンヌ映画祭は5月15日から25日まで行われるそうだ。特別上映作品に『楽園の瑕(『東邪西毒』)』の再編集版がリストアップされている。私が自費出版した「The Star of The East:Brigitte Lin Ching Hsia and Her Films」の取材中に使われなかったフィルムについて何人かに聞いたことがある。捨てられた、とか、サウンドがないとか言われたが、ある人が「ウォン・カーワイ(王家衛)はただ働きをしない人だから、カットされたフィルムがあっても、誰かが資金を出さない限り何もしないだろう」と言った。それで、あぁ、フィルムは存在するのだ、と思った。また、ある機会に、東宝東和の人が、「足りなくなった制作費を募ったときに、それまでに撮ったフィルムを見せてもらった。膨大な量のレスリー(張國榮)やブリジット(林青霞)のシーンがあったのを覚えているよ」と話してくれた。
そのうちのどれだけが今回の再編集版に含まれるのかは知らないが、ワイルドに活躍するレスリーの姿が見られるだろう。ブリジットとジョーイ・ウォン(王祖賢)姉妹のシーンはどうかな?
台湾の出版社・大塊文化は私の本の中国版は5月下旬に出る、とメールをくれた。なんと、驚いたことにブリジットが序文を書いてくれているそうだ。す、すごい!
- 2008/04/26(土) 18:52:39|
- 林青霞
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4月15日からアニタ(梅艶芳)の母と兄の梅啟明が起こした訴訟についての審議が始まった。私の理解で要約すると、彼らはアニタの遺書は彼女がその内容を明確に把握しないまま作成しサインをしたものだから無効である、と訴えたのだ。これによって、今まで、あまり知らされなかったアニタの「最後の一ヶ月」の状況が白日の下にさらされてしまった。私はアニタの遺書が有効か無効かよりも、このことに心が痛む。
遺書は故人の遺志だから、尊重されて当然であるし、されるべきものだ。しかし、現実はその遺書を作成したときの状況によって、故人の遺志が尊重されないことが多いそうだ。遺書は法的な手続きにそったものでない限り有効にはならないからだ。普通の遺書は裁判によって破棄される可能性が高い。
アニタは生前から自分の母親にたいして子供としての義務と責任を感じていた。しかし、それ以上のことは、色々な経緯から、感じられなくなっていたようだ。特に、金銭管理を任せられないと知っていた。だから、財産管理は専門家を雇って、その人たちにしてもらうように遺書を残した。彼女の直接の心配は、もし、法で決められた財産が母親に渡れば、その大半は兄の梅啟明が使ってしまうことだっただろう。それだけは、絶対に避けたいことだった。アニタは兄の梅啟明から煮え湯を飲まされていたし、そういう事情があっても母親は兄の言いなりだったから。事実、アニタが亡くなって逃亡先から舞もどった長男家族を母親は養っているそうだ。その毎月の経費はアニタの遺産から支払われている。彼らは、アニタを「金がなる木」としか考えていないようだ。
もし、この裁判でアニタの遺書が無効になった場合、あちらの世界に引っ越してしまったアニタは悲しむだろうか?生前にできる限りのことをして旅立った彼女は、もう、こちらの世界のドロ沼のような状況には関知しない気がする。血と汗と涙で残した遺産であっても、今のアニタは達観していると思う。
それにつけても、病状の悪化と投薬の作用でアニタには正確な判断力がなかった、という争点は、やはり故人を冒涜していると思う。アニタの母親や兄はどこどこまでも見下げた奴等だ。
- 2008/04/26(土) 18:18:35|
- 梅艶芳
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