昨日、ブリジット・リン(林青霞)の秘書カレンからメールが来た。台湾の出版社から私のメール・アドレスを聞いたそうで、電話番号を知りたいということだった。すぐ、返事をしたが、今頃、一体何の用があるのだろう?といぶかしく思った。(早速、ホ・オポノポノ)
すると、4日の午前10時半ごろに電話が来た。ブリジットからだった。実に8年ぶりの会話だ。クリスマス・カードに「2010年は日本へ引っ越す」と書いたから、私のことが気になっていたようだ。それと、最近、雑誌や新聞にエッセイを書いているが、そのときに、自分の映画を製作した年とか金馬奨を受賞したのは何年だったかと調べるのに、私の本を使っているとのことだった。「私のために8年もの時間と労力をかけて本を書いてくれて、あなたのような特別な人はいない」と身に余ることを言われた。さらに、「本を書くために仕事が減ってしまったようで、そのことが気になっていた。銀行口座を教えてくれたら少々のお金を送りたい」とも言われた。私がプータローになってしまったのは本を出版するためだけではない。世の中が新聞や雑誌などの出版物を必要としなくなったことも原因で、その変化についていけなかったこともあるのだ。だから、ブリジットの申し出はありがたいけれども丁重にお断りをした。
そんな金銭的なことより、ブリジットと話ができるだけでうれしい。今度、香港へ行ったときに、もし彼女が香港にいれば会えるかもしれない、と言われたことの方がお金を貰うよりも幸せな気分だ。まぁ、今度のイースターは、いつものように家族で何処かへ行っているだろうけど。
カムバックのこととか新しい家のことなど、やや、30分くらい話した。しかし、あの時間って香港だと夜中の2時半ごろだ。相変わらず、寝るのは遅いようだ。
久しぶりに楽しかった。幸せ!ありがとう!
- 2010/02/05(金) 11:07:38|
- 林青霞
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カナダのアニタ(梅艶芳)・ファンから急ぎのメールが来た。アニタの英語と中国語のサイトのフォーラムを見るように、ということだ。私はイヤ〜な予感がした。悪いニュースに違いない。
果たして、ホームページのウェブ・マスターが1月29日、肺がんで亡くなったをいうポストがあった!
ショック!!! だって、彼女はタバコを吸わないもん。まだ、40年代なのに。確か10月に電話で話したときは、元気そうだったし、病気のことは何も言ってなかったもん。だって、ホームページは僅かながら12月21日に更新していたじゃん。
確かに、最近メールをしても返事がなかった。が、どこか旅行にでも行っているのだろう、と軽く考えていた。
彼女と会ったのは2年前だった。香港はごみごみしているから、とお兄さんが住むメルボルーンに家を建てて引っ越したばかりだった。
御冥福を祈るのみだ。
- 2010/02/04(木) 10:18:58|
- 日常
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香港から帰ってきた12月31日、ロサンゼルス空港の荷物クレームのところで、いわゆるグリーンカードを落として紛失してしまったことを書いた。その後、再発行申請の書類を出して、指紋登録などの手数料を払い、1月22日に指紋を登録しに行った。そのとき、コンピュータで私の指紋を読み取らせたのだが、ちっと長くかかった。なかなか、読み取りがOKにならないのだ。係りの人は「あなたのはセンが多いから」と言った。とうことは、他に人たちはツルンとした指をしているのか。全てが完了して、「一ヶ月くらいで郵送する」ということだった。
それなのに、今日(30日)、もう一度、指紋を取りに来いという通知が来た。FBIが指紋カードのプロセスをできないから、という理由。エエッー、また行くの?登録日は2月11日だから、新しいグリーンカードを手にするまで3週間も延びることになった。お役所仕事に文句は言えない。
念のために、暫定的なテンポラリーのグリーンカード証明を貰ってきておいて良かった。これは、ダウンタウンのオフィスまで行って、予約をしておいたのに(それには15分以上前に来ても中には入れない、とご丁寧に注意書きがあった)長蛇の列に並ばされ、「ここに、予約の時間に遅れるとキャセルになると書いてあるけど、本当にこの列に並んでいていいの?」と係りの人に聞くと、「じゃあ、あっちへ行け」とやや短い列に追いやられ、更に、そこでも、予約確認のプリントアウトを入り口の係りに見せて同じ事を聞くと、「ここに並べ」となった。厳重な手荷物検査に時間がかかり、やっと中へ入ったときは30分以上も予約時間を過ぎていた。そうやって、手に入れたのだった。
初めに言われたように長蛇の列に並んでいたらどうなったのだろうか?アメリカでは納得がいくまで係りの人に聞いて回る…が鉄則。アメリカ生活が長いだけに経験が生きた、ということか。
あ、決して不平不満を言いたいのじゃなく、単なる報告、です。(ありがとう。ごめんなさい。愛してます。許してください。ーーーホ・オポノポノ実践中)
- 2010/01/31(日) 09:52:04|
- 日常
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最近、電影宣伝自由人(FREEMAN)さんの
ブログやAnitamuijapanさんの
ブログで近藤真彦がアニタ(梅艶芳)と恋人関係があったと認めたことについて触れている。去る、1月8日にマッチがアニタの霊位がある少善真堂へお参りに行ったところを明報周刊の記者がとらえて独占インタビューをした。それが翌日に発売された2148号のカバーストーリーになった。その中でマッチは「アニタのことを今でも忘れない」と言っている、というのだ。

アニタ・ファンのみならず香港人の多くに、彼らが恋人関係にあったことは広く知れ渡っているが、日本では話題にすらならなかった。マッチの熱烈なファンも知らないことだった。それだけ、アニタが日本では無名だったし、マッチが所属しているジャニーズ事務所の力が大きいので、マスコミに緘口令が敷かれたのだろう。それに引き換え、香港では、アニタの男性関係を報道するときは必ずマッチのことは含まれていた。しかも、アニタの葬儀が行われた2003年の1月にマッチが香港へ飛んで、遺体が安置されている葬儀場へ行って無言の対面をしたことやお葬式に出席したことも香港のマスコミに取り上げられていた。
生前のアニタは、マッチとの関係を認めるとき、次第に「海外のボーイフレンド」というように名前を口にするのは控えるようになった。彼女は日本の芸能プロダクションのアイドルに対する管理の厳しさを知っていたし(「いちいち、マネージャーにどこにいる、と報告をしなくてはいけないのだ」と言うようなことを彼女は言っていた)、マッチのアイドルという立場を侵すようなことはしたくなかったのだろう。マッチの母親に紹介されたことがあるとか、北海道でのコンサートについて行って、移動中のバスではアニタの膝枕でマッチが眠った、とかのエピソードを彼女が語ってもいる。マッチとアニタの恋が燃え上がった時期は、アニタの人気がうなぎ上りのときでもあり、それにもかかわらず、7回もマッチに会いに日本へ行ったのだそうだ。交際期間は短くても、二人は真剣だったようだ。結局は遠距離交際だったこと、二人ともさらに仕事が忙しくなったこと、そして、決定的だったのはマッチにガールフレンドがいた、ということでアニタは身を引いた。後のインタビューでは「恋愛よりもキャリアを選んだ」と話している。
アニタがプライベートで最後に日本へ行ったのはマッチに会うためで、7月19日の彼の誕生日に会って食事をしたそうだ。それは、彼女が本格的にガンの治療を始める前で、しかし、自分の病気については一言も彼に話さなかったそうだ。もし、11月末の京都でのコマーシャル撮影のときに彼女の病状が悪化しなければ、最後に、マッチに会う予定でいた…。
アニタのお葬式にはマッチを含むかつての「恋人」たちが列席した。これだけでも、アニタが誠実に彼らと付き合っていたことを物語っているだろう。憎しみあってドロドロの関係の末に別れるというのは、アニタの美意識にそぐわない。彼女は、もしその恋愛に将来が見えなくなったら、どんなにつらくても自分から身を引くタイプだ。明報周刊2148号まではアニタ側からの確認しかなかったのが、初めて、マッチ自身が恋人関係だったことを認めたわけだ。これで、マッチのことをイニシャルで書かなくて済む。
- 2010/01/28(木) 09:56:34|
- 梅艶芳
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LAは日曜日(17日)のゴールデン・グローブ賞授賞式の日からずっと雨模様だ。今週だけで3つのストームが来た。LAには季節がない、と言われるが、実はちゃんとある。冬は雨が多いのだ。一年のうち10ヶ月くらいはほとんど雨が降らないが、1、2月は雨が多くなり、これを「冬」とか「雨期」と言える。信じられないくらいの豪雨が一次的に降ったりする。これに風が加わると、腐って中が空洞になったパーム・トリーなどが折れたりする。普段、ほとんど雨が降らないので、これだけ降ると下水道が溢れたり、地すべりや山崩れが起きたりする。これで慢性的な水不足は解決するのだろうか。普段は、雨と晴れの日が交互に来るのだが、今週のように一週間、毎日断続的に雨が降ったのは珍しい。昨日はとうとうヒョウが降った。土曜日に朝、久しぶりに青空になった。が、また、来週、小さなストームが来るらしい。
ゴールデン・グローブ賞と言えば、最近では、アカデミー賞に大きな影響を与えている。私がLAに来たころは海外の三文雑誌に記事を書いているジジ・ババ集団、と言われて評判が悪かった。と言うのも、彼らは映画会社が行う「接待」や「プロモート」に弱くて、受賞作品はそういうことに左右されていたからだ。年末になると豪華な食事つきの記者会見があったり、高価なプレゼントが贈られてきたりした。 しかし、ここ、10年で、当時のオリジナル会員が亡くなり、若くて、名の通った新聞や雑誌に原稿を書いている人たちが新会員になり、更に、賄賂的なものは受け取らないことになり、GG賞の結果が重要視されるまでになった。とは言うものの、今年のミュージカル・コメディ部門の作品賞が『ハングオーバー』で、ドラマ部門が『アバター』だったのは意外な結果だった。票が割れたのだろう。今年から、アカデミー賞は作品賞候補が5本から10本になる。GG賞の二つの部門を足したのと同じになるわけだ。どの作品がこぼれて、何が新たに候補に入るのか、気になる。
- 2010/01/24(日) 03:40:16|
- 日常
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香港で、20日、第4回亞洲電影大賞(アジアン・フィルム・アワード)の候補が発表された。最優秀作品賞候補に『十月圍城』が入っていた。私はこれを香港の映画館で見たが、もし、これをかつてのツイ・ハーク(徐克)が監督していたらすばらしい作品になっただろうなぁ、と思った。「かつての」と断らなくてはならないのは何とも寂しいが、90年代前半のころの彼ならば、大傑作になったのではあるまいか。この『十月圍城』は中国に革命を起こそうとする孫中山(日本では孫文の方が分かりやすい)が中国各地の代表者との会合を香港ですることになり、それを成功させるために囮作戦で時間稼ぎをしようとする彼の支持者たちと、孫中山を亡き者にしようとする清朝側の暗殺団の戦いを描いている。だから、映画の三分の二近くは、対立する者たちの戦いだ。が、これがもう、これでもかという「ありえない」の連続になり、かえって感動が希薄になってしまっているのだ。つまり、強弱に乏しい。だから、ツイ・ハークを思い浮かべてしまった。
昨年から今年にかけての私自身の「ありえない」は、人はサルから進化した結果、誕生したのではない気がすることだ。アメリカには旧約聖書を信じるあまり、公立学校で生物の時間にダーウィンの進化論を教えることに異を唱える人たちがいて、裁判まで行われたことがある。それが、80年代の初めのころにニュースになったから、単純な私は「何とアホなことを言っているのか」とあきれてしまったのを覚えている。生物の授業で習った「自然選択」とか「突然変異」をそのまま鵜呑みにして、長い長い年月をかけて、水中に発生した単細胞が霊長類にまで進化して、やがてそれがヒトになった、と言う説を漠然と信じていたからだ。学校で教えるのだから、そうに違いないと思っていた。
だが、宇宙と人間との関係を考えるようになって、進化論を頭から否定はしないが、自然界の進化の結果としてヒトが誕生したという結論には無理があると思うようになった。魂が地球上で生きるために借り物として精巧な肉体を持ち、それがつまりは人間なのではないか、と私は考えるようになったからだ。いくら科学が進歩した現代でも、人間の細胞ひとつ、科学で創造することができない。ということは、それを創造した何か、が存在すると思う。その存在を神だと思う。これは、どうやら、「複雑な細胞からなる生体組織が進化によってひとりでにできあがったとは考えられない。従って創造に際しては『高度な知性』によるデザインが必要であった」とする「インテリジェント・デザイン」説というらしい。私が受け入れたこの考え方が何説だろうが、何論だろうがかまわない。科学で証明できないとしても、この考え方が一番納得がいくのだ。学術的な興味のある方は「進化論」「創造論」などで検索していただきたい。
こうなると「旧約聖書」もあながち「作り話」とはいえない気がする。イエス・キリストは高度なパワーを持つ霊能者の一人だった、と考える私は、「旧約聖書」は宇宙からのメッセージを伝えたものではないかと想像する。本当に、6日間で天地創造が終わったかどうかは知らないが、それに近いことはあったかもしれない。そして、中川昌蔵氏が「守護霊との対話」の中で言っているように、アダムとイブがどこかの惑星から、しかも、一組ではなく何組かが地球の各地にテレポートされてきたように思う。
「ありえない」つながり、でした。
- 2010/01/22(金) 14:51:51|
- 日常
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子供のころに祖母の家に行くと利口な犬がいて、その犬とよく遊んだものだ。だから、私はどちらかと言うと犬の方が好きだったのだが、最近はネコも可愛いなぁと思うようになった。香港のゲストハウスにはネコがいて、オーナーの息子、ポールにとても忠実なのをみて好きになった気もする。が、そのネコは10月に行ったときに姿が見えず、ガンで死んだといわれた。年末に行ったとき、小さなネコが二匹いるのを発見した。生まれたばかり兄弟を飼うことにしたそうだ。写真を撮ろうとしたが、なかなか静止してくれないので、下のようなピンボケ写真しかない。

兄のジョン、ジョニーと呼んでいる。

こちらは弟でベン、ベニーと呼んでいた。兄よりも黒くて、ちょっとブサイク。

コンピュータを置いてある机のしたの空間にもぐりこんでいる二匹。
まだ、生後2週間ということだったが、体調15センチくらいの小ささで、チョコマカしているさまは、ほんとに可愛い。これから、どんどん大きくなるのだろうなぁ。
- 2010/01/21(木) 11:53:30|
- 日常
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私にとって、この日はずっと山口百恵さんの誕生日だったが、15年前に阪神・淡路大震災に見舞われて、その記憶が生々しく残るようになった。もっと言えば、LA時間の16日にあたるこの日は16年前、ノースリッジ地震があった。阪神・淡路の地震からちょうど一年前のことだった。
前にも書いたが、あれは朝4時半ごろ、私は日本から戻ってきて時差ぼけ中だったから、地震が起きたときに目覚めていた。地震の前触れは、どういうわけか「ドーン」という音。そのあと、地面が波立つような感じでグラッと揺れたと思ったら、急に激しく縦揺れになり、ドシンドシンという音がした気がした。そして、グラグラと横揺れになり、止まった。電気が消え、あたりは真っ暗。振動で作動した車のアラームがあちこちでなってうるさかった。
私はすぐに日本の実家に電話をして、大きな地震があったけれども私は大丈夫、と知らせた。その後、しばらく、国際電話は通じなくなった。トランジスター・ラジオをつけると、地震の情報が次々に入ってきて、ノースリッジではガス管の破裂で火事になっている、とわかった。余震が時々くる。水もでなくなり、その日の午後から、友人の家に避難した。そこでは、ライフラインが生きていて、テレビで被害状況を見ることができた。
この時、地震は波紋のように全体的に外へ広がるのではなくて、振動が放射線状にというか線状に広がるのだと分かった。だから、私の住んでいるアパートの向かいは被害が大きい、なんていうことになるのだ。
改めて、天災は怖い。(おんなじ様なこと、以前にも書いたなぁ)
今年は百恵ちゃんのデビュー30周年、51歳のお誕生日に彼女の歌った歌の着メロ配信されるのだそうだ。私にはこれがすごいことなのかどうか良く分からないけど、彼女の人気衰えず、ということなのだろう。
- 2010/01/18(月) 09:36:54|
- 山口百恵
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香港に何度も行っていながら、マカオや深センへ行ったことがなかった。特に深センは数年前までビザが必要だったから、それが面倒くさいと思っていた。今回は一緒に行ってくれるHさんがいるので行く気になった。MTRの九龍塘でKCRに乗り換えて深センまで行く。といっても、KCRは確か98年ごろ、ブリジット・リン(林青霞)のLDを求めて火炭(フータン)まで行ったことがある(今考えると、よく行ったものだと我ながら感心する。)ので初めてではなかったが、ただHさんに言われるままに付いていっただけだから、その列車がシンセンで終点だったかどうか覚えていない。多分、終点だったのだろう。香港の出国検査、中国の入国検査があって、税関は素通り状態だった。このあたり、上海空港と同じだ。
深セン駅の外へ出て写真を撮ってみた。

が、それ以後、写真を撮ったのは2回だけで、レポーター気分なし。ずっと昔、旅行の記事などを書いていたときは、とりあえず写真、だったのに。中国の広さにも感動はない。北海道出身だし、アメリカ生活が長いから広さには鈍感だ。それよりも、地下鉄のトークンを買うときに、手をグイッと入れてトークンを受けとったり、それを改札のパネルのところに押し付けなければセンサーが読み取れずに中へは入れないこと、が面白かった。
2つ目の駅で降りて、人の波に沿っていくとショッピング・ビルになり、目指すはDVDショップ。あの国のパチモノ文化を奨励する気は全くなかったが、その品揃えの豊富さと値段に圧倒されて、ついつい買ってしまう恐ろしさ。香港だと、安くても4枚でHK100ドル、つまり一枚25ドルなのに、ここではその三分の一の値段なのだ。その安さに負けて、香港のエンターテイメント界の本を書くわけでもないのに、資料用に、とトーク番組のDVDをごっそりと買ってしまった。見ることなんかあるのだろうか?実に困った性分だ。見逃した新作映画の香港映画DVDにも手が伸びる。旧作はヨーロッパで出されたDVDを買ったが、本当にパッケージにうたってあるようにフランス版とかイギリス版なのだろうか?そもそも、これらの商品は実際に見てみないと、本当に映るのかどうかさえわからないのだ。値段を考えれば当然だ。それを承知で買っている。ただ、パッケージの仕様と今までの経験から、ひところ信和中心や香港の屋台などで売っていたいかにも海賊版というものよりもちゃんとした製品だと判断した。買ったDVDは早速ディスクだけをフォルダーに入れて日本へ送ってしまったので、私の判断が正しかったかどうかはまだ分からない。もし、判断通りだったら、私もHさんのように深センへの買出しにはまりそうだ。それは困るなぁ。
疲れたし、空腹だしでレストランに入った。香港式の飲茶だが、ここでは英語が通じなくて、近くのテーブルの人に助けてもらった。最後に、お腹がきつかったけどマンゴープリンを頼んだら、これが出てきた。

一皿に二匹の鯉なら、二皿頼まなかったのになぁ。安かったし、どれもおいしかったからいいか。
結局、この日はDVDショップだけを見て香港に戻ってきた。香港に住んでいる人たちは、衣類や海外へのお土産品などは深センで買うというし、マッサージが安いので行かないかと誘われたこともある。まるで、郊外のアウトレットまでちょっとショッピングに…という感覚なのだ。帰りの出国検査では、大きな荷物を持った香港人が長蛇の列を作っていた。それを横目に見ながら、私たちは外国人用の列に並んだ。
アメリカとメキシコの国境を越えたときも感じたが、国境線を越えただけなのに、物価の違いは甚だしい。
追記:深センでも上海の空港でも本屋さんに入って私の本「永遠的林青霞」を探したが、どこにもなかった。第一、映画関係の本がほとんどなかった。香港の本屋さんでも、映画関係のコーナーが消えていた。ただ、上海から来たアニタ・ムイ(梅艶芳)・ファンの一人が本の広告を見た、と話してくれたので、ちょっとだけ安心した。割と名の知れた出版社から出ていた、ということだった。
- 2010/01/16(土) 08:48:40|
- 日常
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安いチケットを求めて、チャイナ・イースターン空港便にたどり着いたのが今回の香港行き。聞いたこともない航空会社なので、ちょっと検索してみた。すると、ホームページはあるが、表面的なきれい事しか書かれていない。隠れた実態、があるように思う。第一、私が手にした予約番号ではHPでフライトの確認ができないではないか。連絡先に電話をしても誰も出ない。かける時間を変えて何度かトライしてやっと人間と話すことができた。
なんと、香港では72時間以内にリコンファームが必要だという。じゃぁ、香港での電話番号は?と聞いてそれを控えた。上海での乗り換えはどうするの?という質問には、地上乗務員がいるからその人の言うことに従えばいい、という答え。そのころまでに、この航空会社は機内食が最低なのとエンターテイメントに選択肢がないことがわかった。
飛行機は新しかったが、なるほど、普通は個人用のモニターがあるところに、コンピュータ用らしき電源コンセントがど真ん中にある。エンターテイメントは自分のコンピュータで、ということらしい。だが、それらが全て正常に働かず、どうも、半分くらいは電源がこないようだった。上海では、預けた荷物は乗り換え便に送られるが、人間は一度中国に入国して、バッゲージ・クレームを出て、三階の出国ターミナルへ行って出国手続きをするのだった。予想通り、いるはずの地上乗務員はいなくて、頭上のサインも途中で見当たらなくなり、持っていた香港行きのボーディング・パスを見せながら数人に聞いて、やっと国際線ターミナルにたどり着いた。分かりづら〜い。香港行きの機内では食後にアイスクリームが出た。
香港でリコンファームしようと控えていた番号にかけると誰も出ない。HPでコンタクト・アスを見ても、他国の営業所の情報はあるが香港での住所も電話番号もない。上海にかけろ、ということらしい。でも、香港に連絡先がなければおかしい。観光局のホットラインにかけて、やっとチャイナ・イースタン航空の電話番号がわかった。ここで、さらに、電話がつながるのを根気強く待つ…。もし、リコンファームしなければ、帰りの便に乗れなかったのだろうか?
帰りの便は、上海行きの便が朝8時30分発で、行きは、食後にアイスクリームがなかった。しかし、新聞はあったので、2種類貰った。上海空港では来る時と同じく、一度中国に入国して出国する。4時間半ある待ち時間にがちがちに凝っている首と肩のマッサージ45分を試してみた。が、個室に通されてアロマ・オイル・マッサージの料金表を見せられる。これって、表に書いてあった料金の倍じゃない?これにしろ、と言われてOKした。オイル・マッサージではあったが、アロマではなかった。それに、部屋が寒かった。30分くらいたったころ、延長を勧められたが、これは断固として断った。こういうマッサージは初めてか?というようなことを聞かれて、そうだ、と答えると、支払いのときに、料金に10元上乗せしてあった。チップということだろうか?当初の倍以上を払ってそこを出た。私はいいカモだったのかもしれない。
ロサンゼルス行きも来るとき同様ほぼ満席。ただ、乗り込む人たちの機内手荷物にはカップ麺を持ち込んでいる人が多くて、わざわざ、機内に持ち込まなくてもいいじゃない、と思った。が、食事の時間になって、その意味が分かった。旅慣れている人たちは、機内食のひどさと量の少なさを知っているので、カップ麺を持ち込んでいるのだった。エンターテイメントも来るときとほぼ同じ作品が垂れ流し的に上映されている。機内アナウンスのときも止まったりしない。近くの席に座ったおばさんはコンピュータで持参DVDの映画をイヤフォーンなしで見ていた。オールスター・キャストの『建国大業』らしい。あのDVDはパチモノ?
LAからの便では、使ったプラスチック・カップは何度も使いまわしするのが当たり前のようで、使用済みのカップを片付けてほしいというと怪訝な顔をされた。アップル・ジュースは飛んで間もなく品切れといわれた。しかし、上海からの便は、使用済みのカップは片付けに来るし、飲み物を巡回して回るし、サービスが良かった。
チャイナ・イースタン航空。太平洋を渡るフライトは、ちょっとつらいが、アジア便なら何とか我慢できそうだ。サービスよりも安全のほうが重要だし、もし、次に乗ることがあったら食料をしっかり持っていけばいいのだ。

- 2010/01/15(金) 09:15:30|
- 日常
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