寝る前に本を読むクセが長年の間についてしまった。それで、寝るタイミングを外して、とんでもない時間に寝るようになるし、私は強度の乱視だから、「寝ながら本を読まないように」と眼科医から言われているにもかかわらずやめようとしない。わかっていても、やめられない。
まず、処分する前にカッスラーのダーク・ピット・シリーズを手に取った。日本語訳の文庫本。アメリカの冒険小説はどうしてこう面白いのだろう。どんな窮地に陥っても決してあきらめない主人公。この精神は見習わなくてはならない。処分するのはよそうかなぁ。
英語のハードカバーは同じ箱にいれたいので、その前に読んでしまおうと思ったのがジュリー・アンドリュースの自伝「HOME」。これは予想通りのつまらない本だった。今年の4月にやっと出版されたのだが、待たされた割には、彼女のおじいさんやおばあさんなど彼女の家族や親戚のことに多くのページをさいていて、あとは大体、どこかのインタビューやコンサートのMCなどですでに話してしまったことが書かれているだけだ。もっとも、半生記だから、彼女が「メリー・ポピンズ」に主演することが決まったところで終わっている。ひとつだけ、彼女も舞台をHOMEと考えていることが分かった。これは知らなかった。彼女も、と書いたが、アニタ(梅艶芳)もステージを「家」にたとえているからだ。
本棚のずっと奥にあったシャーリー・マクレーンの本4冊。実はかれこれ20年前、私は彼女のインタビューの通訳をしたことがある。お土産に、日本で発売された本(彼女のスピリテュアルな体験を書いた3冊と自伝というか半生記が1冊)を貰ったのだった。当時はあまり興味もわかず斜め読みをしておしまいだったが、改めて読んでみると、結構面白かった。いや、20年前は全く分からなかったことが今回はよく理解できた。宇宙はひとつ、神もひとつ。まず、自分を知ること、そして自分を愛することから全てが始まる。…これも、処分はできないなぁ。
- 2008/07/18(金) 16:10:03|
- 日常
-
-
| コメント:0
少なくても毎週末ごろに、できるなら週に二回、札幌の実家に電話をして、主に母と話すことにしている。昨日もかけてみると、私の声が聞こえないらしく、話ができないではないか。何度かかけたが全く同じ状態。それで、東京へかけてみるとちゃんと通じる。と言うことは、私の電話が壊れているわけでも、国際電話の回線が切れているわけでもない、と思った。
それで、今日もかけてみると、やはり私の声が聞こえないようだ。実家の電話は親子電話なので、時たま、ちゃんと子電話の受話器を元に戻さなかったり、つないでいる線が外れていた事があった。そういう時は、気がついてくれるといいのだが、二日続けて同じ状態と言うのは異常だと思った。そこで、札幌の知り合いにもかけて見た。全く同じ状態。
仕方がないので、テレフォン・カードでかけてみた。これならば、通常の電話回線ではないので、やっとのことで母と話すことができた。但し、一分くらいでやはり私の声が聞こえなくなってしまった。
どうやら、これは、洞爺湖サミットに関係があるのではないか、と今、思った。海外から札幌、あるいは北海道への電話は、なんらかの関係で規制されているのではないか。しかし、これは非常に迷惑なことだ。私は幸いにも急用があって電話をかけたわけではないから良いが、これが、緊急の用事だったらどうすればいいのだろうか?国際的なテロを心配して、厳戒態勢に入っていることは良く分かるが、こういうことは困る。携帯電話ならば、問題ないのかもしれないが、両親は携帯電話を持っていない。海外に住む私とは、通常の電話か郵便でしか連絡を取ることができないのだ。もし、このサミットの関係で、一方的に海外からの電話が規制されたのだとしたら、これは由々しきことだ。
電話と言えば、まだ、実家との電話が通じていた時のエピソード。
母「何だか重い箱が届いているけど、心当たりがある?」
私「あぁ、それは多分、台湾から私の本が送られてきたのだと思うよ。かまわないから開けてみて」
母「分厚い、立派な本が入っている」
私「英語で出した本の中国語版ね」
母「じゃ、また、お金がかかったの?いくら払ったの?」
私「それは台湾の出版社が出してくれた本だから、こちらからお金は出さなくてもいいの。その本の80冊分くらいのお金で出版権を売っただけで、儲けはまったくないけどね」
母「それを聞いて、安心した」
本を出版、というと大金を用意しなくてはならないと思っている母がかわいそうになった。
- 2008/07/06(日) 21:14:46|
- 日常
-
-
| コメント:0
取っ掛かりはアニタ(梅艶芳)だった。彼女の追悼番組の中に、2秒くらい見たことがない映像クリップがあり、丁度それを見ていた時に同席していた日本人のファンに「日本語で歌っているけど、誰の歌?」と聞くと、「これはジュリーのス・ト・リ・ッ・パ・ーですね」と言われた。私は80年の春からLAに住んでいるので、沢田研二の「ストリッパー」は知らない。その後、このクリップはTVBの「歓楽今宵」の中のもので、アニタが沢田研二の真似で「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」を日本語で歌ったのに、テロップが「西条秀樹のまね」と間違えてしまったのだ、とわかった。あぁ、だからたった2秒くらいしか使わなかったんだ、と一人納得。
それからずいぶんたって、そういえば、「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」ってどんな歌なのだろう、と、こういうときはとても便利なYOUTUBEで調べて見た。それがきっかけで、どんどん、彼の映像を見てしまった。「ザ・ベストテン」を始めなつかしの映像や初めて見る映像をずっと見てしまった。そして、あのユニークさは、歌も衣装もメイクも、沢田研二ありき、なのだと思った。たしか、アニタは日本の週刊誌で「香港の女・沢田研二」という紹介をされたことがあるはずだ、と記憶をたぐる。レスリー(張國榮)がコンサートで何をしようが、日本の観客にはスンナリと受け入れられる免疫がすでにあった、のだと思う。今になって、沢田研二はすごい奴、と改めて思った。
そのむかし、百恵ちゃんが出演する生放送を見学したことがあり、そこには沢田研二もいた。控え室の入り口に立って数人のファンと話しているのをみたが、彼はファンに諭すようなことを言っていた気がする。そのとき、「ジュリーはファンに対して本気で怒る、怖い人だよ」と聞いた。礼儀や場所をわきまえないファンには厳しい、のだそうだ。
私は、いまどきの歌手の歌は何を歌っているのか歌詞が聞こえない、それにもまして、あの喉だけで歌っているような歌い方が気に障って聴く気がしない。いまどきじゃなくて、昔から嫌いだった。はっきり例を挙げると、天下の「サザン・オールスターズ」のクワタさんの歌い方が大嫌いなのだ。でも、最近はみんながあのような歌い方をしている。しかも、不必要に部分的にファルセットにしたりして。これはもう、上手い下手の問題ではなくて、好きか嫌いかで、私は大嫌いだ。そこで、沢田研二。(あ、私にとって「ジュリー」は彼のニックネームの由来の人物、ジュリー・アンドリュースしかいない。しかも、ジュリーさん、と呼んでいた。それで、気安く「ジュリー」と呼び捨てにできない事情がある)沢田研二は歌がうまい。何を歌っているのかもわかる。今年還暦で、現役の歌手。おぉ、そうなのか。すごいじゃないか。
私は沢田研二ファンではないが、彼のコンサートなら行ってみたい。それは、きっと、彼のファンでよかった、と思うようなものだろう。ずっと、ずっと歌い続けてくれるのだから、彼のファンは幸せだ。
追記:沢田さんのファンの方によると、彼は80年代前半に、エリザベス体育館で3回コンサートをしているそうだ。それと、先ほど友人に沢田さんのことを話したら、「中世的な衣装やメイクはデビッド・ボーイが先よ」と言われてしまった。ハイ、すみません、お姉さま。私は音楽界のことは良く知りません、です。
- 2008/07/05(土) 17:24:50|
- 日常
-
-
| コメント:2
一日に一個以上を目標に小さな箱に本や雑誌をつめている。新しいものは買わないように気をつけて、ビデオもDVDにしたりしているが、あとで、ちょっとチェックしたら、途中でフリーズしているものがあったりするので、あぁ、これらのビデオはチェックするまでは捨てられない…。ということは時間がかかるので、日本へ持っていったほうがよさそうだ。本は重いので、最小限にしようと努めているが、香港関係の本や雑誌だけでも結構ある。銀色世界や電影双周刊など、ズッシリ。
そんなときに、またぞろNETFLIX(日本にこういうのがあるのかどうか知らないが、見たい映画のリストを作って、メールでそのDVDを送ってもらうシステムのレンタル会社)でDVDを借りている。今はシャールク・カーン主演の映画を借りてせっせと、コピー、じゃなかったバックアップをとっている。ディスクならかるくていい。とはいっても、DVD,CD,CD-Rとディスクだけでも300枚以上はあるのではなかろうか。これだけあると、結構重い。せめて、アニタ(梅艶芳)関係だけでも整理しておこう…とは思っているが、ダウンロードしたものが大量にある。
どうしても、所有していたい、という欲求があるので、こんなことになってしまうのだ。ま、老後の楽しみだから、と自分に言い訳している。
- 2008/06/28(土) 18:13:26|
- 日常
-
-
| コメント:0
最近の日本映画を見る機会が増えた。と言っても、主に飛行機の中で見たり、DVDを借りてみるのだが。春の香港映画祭でも体調が悪かったので、一番行きやすい文化中心で上映の日本映画を見るほうが多かった。そして、いつも思うのが、俳優たちの台詞がきこえない。映画祭の時は英文字幕を読んで台詞を理解していた。私の耳が悪いのか?
飛行機の中では、イヤホーンを使うし、ボリュームをあげて聞いても、何を言ったのかわからない。どうも、台詞が聞き取れないのは日本映画の現代劇で、若い男優が最も聞きずらい。滑舌がはっきりしないからだ。が、それ以上に、録音技術師の能力というか技量の問題もあるのではなかろうか。俳優たちの台詞をきちんと拾っていない気がする。
昨夜、友人から借りたDVD『容疑者 室井慎次』を見たが、音声が一定していない。あるシーンではボリュームをあげないと聞こえず、あるシーンではそれでは大きすぎてあわてて下げる、という繰り返しだった。映画は、もう、つまらないの一言。出演者のキャラクターだけで見るほど厚みがないにもかかわらず、製作者側が面白がっているだけの自己満足映画だと思った。
その後、『星になった少年』『タイフーン』を続けて見た。
- 2008/06/10(火) 06:54:28|
- 日常
-
-
| コメント:0
17日にLAの南にある日本人町・ガーデナという所まで友人に会いに行った。彼女が住んでいるのはもっと南なので、ガソリン代が高騰していることでもあり、少し私の方に近いところまで出てきてもらって会った。と言っても、一時間以上のドライブ。そのときに、何だかハンドルが左に取られるなぁ、アライメントをしてもらわなくちゃと思った。
18日は『インディアナ・ジョーンズ』の試写に行って、19日はまたしてもフリーウェイを飛ばして、パレスヴァデスまで行った。一時間以上もかかった。で、帰りに、ちょっと買い物をしようと寄ったところで、知らない人が「前輪の右のタイヤがパンクしているよ」と教えてくれた。
エェッ!!!
ほんとだ、タイヤがへこんでいる! アライメントじゃなかったんだ。パンクしているのを知らずに、合計100マイル(160キロ)くらい走っていたのだ、しかも、その半分は60マイル(90キロ)くらいのスピードを出していた…。もしも、フリーウェイで走っているときにタイヤがバースト(裂ける)したら・・・。
あぁ、危なかった。
早速、トリプルA(オートモビル・クラブ)と言われているロード・サービスを呼んでスペア・タイヤと交換してもらった。確かに、ネジのようなものが刺さっていた。
親切に教えてくれた見知らぬ人のお陰で、大事に至らなかった。感謝、感謝。
追記:今日、メカニックのところへ行ってオイル・チェンジなどをしてもらった。パンクのことを話すと、「フリーウェイをパンクしたタイヤで走ると、バタバタと音がするからはわかりますよ」と言われた。それじゃ、釘が刺さったのはそんなに前ではなかったのか。しかし、途中で寄り道をしなければフリーウェイに乗っていたわけで、やはり、私は注意してくれた人がいて大事に至らなかったのだと思う。
- 2008/05/20(火) 17:35:43|
- 日常
-
-
| コメント:0
先日、純子さんが出演したフジテレビのドラマ『眉山』を見た(日本では4月4日に放送)。冒頭、入院先の医者と看護婦に対して威勢のいいタンカを切るシーン(ヨッ、音羽屋!、あ、違った)があって、おぉ、懐かしや、と思った。髪もショートヘアをオールバックにしているから、なお更、「お竜さん」みたいだった…(このタンカのシーンで自分のことを”オリュウ”と言っていた気がするが、じつは”オタツ”さんという役名。)と言いたいのだが、私は『日本侠客伝 昇り龍』の”蝶々牡丹のお京”さんを連想してしまった。何故か分からない。”オタツ”さんは末期の肝臓ガンで、一人娘(常盤貴子)を女でひとつで育て、何故、東京からわざわざ徳島に移ってきたか、娘の父親は誰なのか、が分かっていく。娘は自分を父親も知れない私生児だと思い込んでいたが、実は母には秘めた恋があり、その結果自分が生まれたのだと知る。その相手が徳島出身だった。男(山本学)は当時、振られたのだと思って見合い相手と結婚していたが、実は、母が芸者の自分とは不釣合いだと身を引いたのだった。ラスト近く、”オタツ”さんは長い間思い続けた人の腕の中で息を引き取る。
あぁ、やっっぱり、これは”蝶々牡丹のお京”さんだった。映画のお京さんが現代にも生きていたら、きっと、こんなふうなドラマになっただろうなぁ、という展開だった。私のカンもまんざらではない。(と自慢をしても、東映の任侠映画を見たことがない人にはわからないだろうけど)
『日本侠客伝 昇り龍』は純子さんがこの映画に出演することができたので女優をやめてもいい、と決心した作品。山下耕作監督にお話を伺ったときも、「あれは健ちゃんの映画なのに(シリーズは高倉健のものだった)、純子の映画みたいになってしもた。健ちゃんには悪かったけど、純子は輝いていたなぁ」と述懐していた。
ドラマは惜しくも夏の徳島なのに、蒸し暑さが全く感じられない(撮影は3月ではなかろうか)ものだったが、まぁ、よくできていた。私は、ドラマのでき不出来よりも、”オタツ”さんが末期ガンで亡くなるという設定が私はいやだった。たとえ、演技といえども、ガンで亡くなるという役は見たくない。現実的過ぎるから。映画やドラマは虚構の世界、と十分に承知はしているのだが、純子さんが出演しているとどうしても個人的な感情が入ってしまう。
アニタ(梅艶芳)の映画でも、『アゲイン 明日への誓い(男たちの挽歌 III)』だと平気で見ていられるのだが、『夜間飛行』のラストは見たくない。これは病死ではないし、同じく銃で撃たれて死ぬのにもかかわらず、だ。アニタの役が本人にかなり近いものだったからだと思う。アニタが亡くなる前に見たのに、ラストには抵抗があった。私はこの作品でのアニタが非常に好きなのだが、何度も繰り返して見ないのは、あのラストの死に方が原因だ。
- 2008/05/13(火) 06:00:38|
- 日常
-
-
| コメント:0
先日、ちょっと時間が余ったので旭屋書店をのぞいて見た。すると、私が「スクリーン」や「ロードショー」などに映画の記事を書いていた頃に知りあいだった人の本があった。ハリウッド・スターを中心にしたインタビュー集だ。あの頃の私は、たまぁ〜に、通訳なんかもしていたし、コーディネートもしていたなぁ。懐かしい気持ちもあって、パラパラとページをめくって読んで見ると、これはちょっと違うのではないか…というところがあった。あの時、こんなやり取りじゃなかった、ということが、まるで自分に都合よく書かれていた。解釈の相違とか思い込みからの誤解とか、そういう域を超えた、まぁ、早い話が「捏造」。ロサンゼルスでのインタビューだからばれないと思って書いたのだろうが、この私がいたのを忘れているゾ。因みに、こちらでのインタビューは、ほとんどの場合、スターとインタビュアー(と必要な場合は通訳)しかその場にいない。(日本では、私の数少ない経験から、映画の配給会社の人だとかスターのマネージャーとかが同席するのが普通のようだ。)だから、どんなことを話したのかは本人同士にしかわからない。それをいいことに、あんなことを書いちゃって…。うそは書かない方がいいんじゃない?
スターによっては、ウォッチ・ドッグを雇って自分の肖像権を守っている人がいる。外国だから分からないだろうと権利のない写真を掲載したりすると、突然、訴えられたりする。英語圏だと、書かれた記事をチェックして、でたらめなこと書いている記者やそういう記事を載せているメディアを取材から除外することは良くある。あるいは、インタビューの前に「この取材は○○○のためのもので、それ以外には記事を書きません」という署名をさせられるときもある。それによって、タブロイド誌などに記事を売られることを防ぐのだ。もし、日本語の記事をチェックするウォッチ・ドッグがいたら、日本のメディアは大変なことになるだろうなぁ。日ごろ中国系のメディアの「いい加減さ」にうんざりしているが、考えて見ると「同じ穴のムジナ」かも・・・ね。
- 2008/05/09(金) 04:57:53|
- 日常
-
-
| コメント:0
3月 22日の集まりで主催者側から出された抽選賞品。ファン垂涎もののレアなアイタムもあって、くじ引きに一喜一憂。

サプライズ・プレゼントは…これだ!アニタ(梅艶芳)のサイン入り写真。

3月23日に上映されたシルビア・チャン(張艾嘉)が監督した『一個好爸爸』の舞台挨拶。

ほとんどの地下鉄の駅で見かけたポスター

バス停なんかではこれ。

4月1日、偶然通りかかった香港コロシアムのエイローゾーン。拝神が終わって正面の柵にへばりついていたファンと握手するジャッキー・チュン(張學友)。

- 2008/04/29(火) 21:04:56|
- 日常
-
-
| コメント:0
次のページ