今回の映画祭でマキノ監督が1939年に撮った時代劇ミュージカル『鴛鴦歌合戦』を見た。デジタル・リマスターにして保存すべき作品。
東映から出ている『日本侠客伝シリーズBOXセット』を買おうかと思ったが、高すぎてやめた。ほんとに、ことし、文化功労賞に輝いた健さんと純子さんのインタビューが入っているのだろうか?まぁ、単品で欲しい作品だけ、そのうち買うことにしよう。
- 2006/10/29(日) 19:29:30|
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本日で、映画祭が終了。『父子』が最優秀アジア映画賞と最優秀芸術貢献賞に輝き驚いた。
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- 2006/10/29(日) 19:04:12|
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23日から、東京へ来て映画祭の映画を見ている。昨日は、急な話で友人のインタビューの通訳をした。『四大天王』のために来日しているダニエル・ウーとアンドリュー・リンのインタビュー。私は通訳には向いていないのだが、いつもお世話になっている水田さんの頼みだし、彼らは香港人の英語に慣れているだろうから、私でも勤まると思ったのだ。でも、私は映画を見ていなかったので、ちょっと不安だった。今年の香港での映画祭でも今回でも見られなかったのだ。そういえば、先日行った香港で、DVD屋へ一度も足を踏み入れなかった。こんなことは初めてだ。
コンピュータを持ってきていないので、写真のアップもできない。持ってきても、できたかどうか怪しい。
そんなわけで、アニタ(梅艶芳)ネタはない。彼女は車の運転ができなかった、という事ぐらいかな。大体、習う時間もその必要もなかったのだろう。忙しかったし、運転手付きの車に乗っていたから。
- 2006/10/25(水) 14:09:35|
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12日の夜、午後7時から、チムサチョイの重慶マンションにある大型テレビで放送するアニタ・ムイ(梅艶芳)の誕生日記念版広告からチャリティー活動記念版の広告に変わった方を見に行った。何だか、ファンらしき人たちが道路を挟んでスクリーンのまん前にいるなぁと思って近づいたら、やはりそうだった。今日から変わった映像を見に来たそうだ。音が小さい、二階建てバスが通ると画面が見えなくなる…とファンなら誰でも抱く不満を言っていた。私は一度見ただけでその場を去ったが、8時の回をまた見るという人や、会社が近いから明日のランチタイムに来る、という人がいた。これで、私にとってのアニタのバースデイ・イベントはオシマイ。
…と思ったら、まだ、あった。その夜の夕食を食べたベジタリアン・レストランでは、座ったとたんにアニタの「心経」が流れた。食事中、ずっとこの「心経」のCDが流れていた。当然ながら、私はアニタの「心経」が一番好きだ。
13日、搭乗するときに、JALの係員の携帯がなった。なんと着メロは「IQ博士」だった。もしかして、アニタのファン? 聞かなかったけど、一人でニンマリしてしまった。
- 2006/10/17(火) 14:23:36|
- 梅艶芳
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台風の影響で、LAを5日の午後1時半に発ったのに、香港に着いたのは7日の午前12時少し前だった。いつも利用する市内へいくバスが夜中は止まってしまうことを知らず(4月に来たときはあったから、この秋からなくなったのだろう)、N−21のバスを一台やり過ごしてしまった。ともかく、ついて良かった。
7日は休日で、ATMでお金を下ろして、ちょっとお買い物。夕方からアニタ(梅艶芳)・ファンと会って、夕食を食べた。8日は昨夜遅く日本から着いた他のアニタ・ファンと合流して5時からのビデオ鑑賞会へ。今年は100分もなく、過去のコロシアムでのコンサートからの抜粋を見せてくれただけだった。お目当て、というか、幻の99年コンサートはちょっとだけ見られた。まぁ、それだけでもすごいのだけど、やはり、通してコンサート全体をみたいのは人情で、いつかそういう日が来ることを願う。
よく9日はアニタ・ムイ・ツアー。香港在住のファンが海外からのファンのために(主に台湾とシンガポール)アニタにまつわるところを訪問する、というもので、『ルージュ』のロケ地とか生前まで棲んでいた家とか、マダム・タッソーの蝋人形見学とか…をまわった。夕方からポツポツ雨が降ったが、夜にはやんだ。何でも、中国では天使が降りてくる前に雨を降らせて清浄化する、という言い伝えがあるそうで、アニタが亡くなってから、彼女の誕生日の前日は必ず雨が降るそうだ。(そういえば、昨年も降ったなぁ。)つまり、アニタは天使になったのだと、バスの中で司会を担当していたマリーさんが言っていた。アニタの追っかけをしていたマリーさんの話は面白かったらしい。広東語も普通語も分からないので、あとで、いくさんに教えてもらった。
10日はいよいよアニタの誕生日パーティー。その前に、アニタの霊位があるポーリン寺へ行った。できたてのケーブルカーを使ってみた。二百数十段ある階段はシンドイ。ここへくると、黒い揚羽蝶を見る。私は勝手に、あぁ、アニタが来た、と思う。誕生パーティーは7時から始まったが、「四海一心」チャリティーと協賛だったので、途中でそのイベントがあって少々だれた。
11日は新聞をあさって昨日の記事を確保。あまり大きくはとりあげられたいなかった。年々、忘れられていくのだろうか。夕方、今回、ひとつだけ取れたインタビューをして、その後、アニタの熱心なファンともインタビュー。3時間以上話しても尽きることはなかった。
12日はつかれきって、グタグタしていた。香港では5時間寝られればよいほうだったので疲れとイベントが終わった緊張感の解れで、どっと疲れた押し寄せてきた。パッキングをして、翌日に備える。
13日は私の誕生日。少しでも早く、両親のところへ帰ろうと。朝9時20分の便で成田へ行って、羽田までバスで移動して、そこから千歳行きに乗り、バスで都心まで来てタクシーに乗り換えてやっとついた。それでも、やっと8時半。香港は遠いのだ。
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- 2006/10/14(土) 15:36:35|
- 梅艶芳
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梅艶芳(アニタ・ムイ)ファンクラブ恒例のバースデイ・パーティなどのイベントがあるので、香港へ発つ。その後、札幌の実家へ帰って、23日ごろには東京国際映画祭へ行くつもりだ。
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- 2006/10/05(木) 22:51:24|
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アメリカ時間の今日(10月1日)はジュリー・アンドリュースの71回目の誕生日。『サウンド・オブ・ミュージック』で初めてお目にかかってからもうン十年以上になるんだなぁ。この映画は生涯ベスト3の一本。これを見なかったら、映画ファンにはならなかったかもしれないし、ロサンゼルスに住むようにならなかったかもしれない。衝撃的な出会いだった。今の私がいるのは、良くも悪くも、この映画を見たからだ。あれから、映画館で何度も見て、テレビ放送も数度見て、ビデオもLDもDVDもスペシャル・エディションごとに持っている。何度見ても飽きない、というよりも、同じところでワクワクしてしまう。
しかし、仕事でジュリーさんにインタビューするチャンスはとうとうなかった。あきらめてはいけないけど、多分、そのチャンスがなくて終わってしまうのだろうと思う。もちろん、ファンとしては会ったことがある。サインも貰った。
彼女は、私の「殿堂入りスター」第一号。『プリンセス・ダイアリー』の1と2のDVDを買っていない不義理をしているけど、許してもらえると思う。そのうち、買ってしまいそう。でも、やはり、若い頃の溌剌として歌って踊っていたジュリーさんが一番好きだなぁ。
- 2006/10/02(月) 09:40:37|
- J・アンドリュース
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