ムゲン・スペース・メモランダム

一度ファンになると、一生付き合っていくのが私のファン流儀。言い換えれば、そういう人しかファンにならない。私の世界はムゲン・スペース。夢中になれるって、しあわせ。

更新をサボっていました

 今回の旅行ではブログ更新をサボりまくりでした。香港でのアニタ(梅艶芳)関係のイベントに関してはanitamuijapanさんのブログを参考にしていただけると幸いです。展示会場のきれいな写真もたくさん載っています。
 ただ、このブログで話題になった、『さらば英雄』の東京国際映画祭上映のときに舞台挨拶をしたアニタの写真のところに”1991年東京国際映画祭で上映した『川島芳子』の舞台挨拶”というキャプションが付いていてアイヤー!と思いました。
 10月6日の展示会のオープニング・セレモニーについては、関係者の心情吐露がやや長く、しかも、言葉が分からないのであまり感動しませんでした。(つまり、感動して泣いていた人もいたのです)しかも、その前夜にロサンゼルスから飛行機を乗り継いで到着した疲れがピークに達していたうえ、暑かったし、私は立っていることが辛くて、文句タラタラでした。会場に設けられた席に座れる人と座れない人の区別が一貫していなかったから、それにも、ブータレていました。結果的にはすわれたのですが。

 香港滞在中は忠実なるアニタ・ファンが経営するCHEERFUL CAFEに良く行きました。七月のときよりも写真やポスターの展示が増えて、更にオーナーの一人の所有物、アニタのアルバム・カバーがずらりとありました。当然ながら、サインが入っているものが多く、貴重なものばかりでした。新聞や雑誌などで取り上げられて、以前よりもお客さんがいたように思いましたが、経営はラクとは言えないようです。香港にいるときはなるべく通うようにしたいです。ここでもまた広東語が分からない辛さを実感。

 アニタとはまるで関係がないのですが、香港滞在中にアン・リー監督の『色/戒』を見ました。本当にラブ・シーンは成人映画並みで驚きました。演技者たちも良く演じたと思います。あまりに驚いて(名のある監督と俳優があのようなシーンを撮ったということに)、映画全体を考えることが出来ませんでした。自慢ではありませんが、私はえげつないポルノも修正なしのアダルト・ビデオも見て知っています。だから,Hなシーンに驚いたのではありません。

 今年の東京国際映画祭にはほんの少しだけ参加しました。4本見たのみです。年々、興味を失っていくようです。香港映画の王道のような『男兒本色』はウッソー!と思ってしまったのが我ながら驚きです。主人公は何があっても死なない、なんて、香港映画では珍しくもなんともなかったことなのに、それについていけなかったのです。あーあ。

 あ、そろそろ、出発の時間が来ました。
  1. 2007/10/30(火) 11:32:12|
  2. 梅艶芳
  3. | コメント:0

香港でのアニタ・ムイ(梅艶芳)関係のイベント

 13日に札幌へ移動したものの「まんが喫茶」はメール・チェックのみという状態だった。香港でのアニタ・ムイ(梅艶芳)関係のイベントについてはサイトバーにある「アニタ・ムイ・ファン・ブログ」を参考にしていただけるとうれしい。スター・アベニュー(星光大道)の展示はこのリンクでも見られる。

http://www.youtube.com/watch?v=022AF25ZALU

 新世界中心の地下2階の展示もすごくよかった。どこかに写真がアップされていたらあとでそのリンク先を追加する予定。

 10日当日のバースデイ・パーティも昨年とは違って本来(?)の姿に戻り、食事と蘇小姐のプライベート・ビデオとゲームの変わりにオークションという内容でよかった。主役のいないパーティは蘇小姐のプライベート・ビデオだけがメイン・エベントだと私は思う。門外不出のアニタの映像をこのとき一度だけ見せるわけだから、そのためにパーティに行っているようなものだ。今回は約50分あまり見せてもらってうれしかった。いつものように、広東語が解ればもっとよかったが。
 パーティの展示も、ステージの写真と楽屋での写真がコンサートごとに展示され、これらのパネルは、また、来年のパーティでオークションにかかるのかどうか、今から気になる。

 叔父の命日が10月11日でその法事があれば今年のパーティには行けない所だった。それが行けるようになったのは、とても幸運だった。後日、家族でちゃんとお墓参りをした。

 アニタの誕生日の前日は大抵雨が降る、と以前、ベテランのアニタ・ファンに聴いたことがある。9日の夜はアニタの展示会を催したムイ・ネーション(芳心薈)のパーティだった。そのあと、星光大道のアニタの星型のところへ行って、10日になるのを待って誕生日を祝ったのだが、パーティ会場を出たらパラパラと小雨が降った。途中の道でも、星型で集っているときも小雨がぱらついた。これはアニタの嬉し涙だろうと勝手に決めた。
  1. 2007/10/22(月) 17:09:56|
  2. 梅艶芳
  3. | コメント:0

A Hppy Birthday Dear Anita 〜

 アニタ、生日快楽!!!

 いつも、アニタのバースデイ・パーティは主役のアニタが最終的にはファンを楽しませてしまう会、になってしまうことにちなんで今回は大盤振る舞い。

 85年9月に私設ファンクラブを結成してから、ファンと一緒にバースデイを祝った梅艶芳(アニタ・ムイ)。
 85 Bday


1991年のパーティはファン招いてミニ・コンサートだった。ポール(アニタの隣の男性)とラブラブのときで結婚・引退を考えていた時期。「親密愛人」にアニタが広東語の歌詞を書いて歌ったり、近藤真彦の「MOMOKO」を日本語で歌った…という情報がある。
20061005212337.jpg


体調が悪くて、あまりファンと接する機会をもてないのでファンクラブを解散すると言い出した1997年のパーティ。ファンの猛烈な抗議で解散は取りやめた。
97Bday



これは1998年のバースデイ・パーティ。お母さんとお姉さんも参加。
98 Bday


STAREAST で行われた1999年のバースデイ・パーティ。
99 Bday

ファンの歌にあわせてアニタが踊るようになったのはこのときからかも。
99 BdayDance


アニタも元気だし、楽しそうな2000年のパーティ。私のお気に入り。
2000 Bday

お年寄りのファンを見つけて「女人心」を合唱。アニタの優しさが伺える。
2000 BdayOldLady


2001年のパーティのときのアニタはカッコイイ。
2001Bday


2002年のパーティはマカオのホテルで行われた。元気なアニタと楽しく感動的なひと時を過ごしたファンは、このパーティを一生忘れないだろう。
2002 BdayPress

2002 Bday


そして、2003年のパーティ。
2003 Bday


 ファンクラブ主催のパーティとは別に、アニタはプライベートのパーティも開いていた。自宅でだったり、ホテルやレストランでだったりで、多くの友人が招待された。自宅でのパーティは9日の夜から始まり、ごく親しい友人と日付が変わって誕生日を祝い、その夜に正式なパーティを開いたそうだ。その中からひとつ。
98 PrivateBday

招かれた人は絶対に忘れないであろう2003年の自宅でのパーティ。
2003PrivateBday

  1. 2007/10/10(水) 00:00:00|
  2. 梅艶芳
  3. | コメント:0

お知らせ

 4日から30日まで香港・日本へ行きます。できるだけ更新するようにしますが、期待はご無用に。

 香港は言うまでもなく、梅艶芳(アニタ・ムイ)のバースデイ・イベントに参加するためだ。まずは6日からのプロムナードに開設されるアニタの展示会オープニング及び新世界中心での写真展示会に行く。7日、8日、9日はファンが主催する集会、10日はファンクラブによるパーティ、11日はファンによる集会に出席する。ファンと一緒にアニタの映像を見たり、写真を見たり、話をすることは楽しい。普段はブログでゴチャゴチャ言っているだけだから、その鬱憤が一挙に晴れる。

 13日は一日がかりで香港から札幌へ移動。因みに、この日は私の誕生日。で、24日ごろに東京へ行って、30日にLAへ戻ってくる。

 年内の予定だった引越しの用意は全くできていない。来年にずれ込みそうだ。捨てるものの踏ん切りがつかなくて、全然荷物が減らない。もったいない、という価値観を捨てなくてはならないのだが…。
  1. 2007/10/03(水) 08:56:29|
  2. 日常
  3. | コメント:0

妻籠宿 『さらば英雄〜愛と銃撃の彼方に〜』

 9月26日のブログで書いた『さよなら、わが愛』もとい、ビデオ題名『さらば英雄〜愛と銃撃の彼方に〜』の日本でのロケ地について、その後、以下のことがわかりました。

 anitamuijapanさんから教えてもらった、妻籠の宿泊予約リンク(http://www.tumago.jp/yado/yado.html)のオ−プニング・ページにある「妻籠宿」はまさに映画のラスト近くに出てくる看板(?)です。しかも、町の名所・みどころがアップされている「寺下の町並み」は梅艶芳(アニタ・ムイ)が去っているラスト・シーンの風景そのものでした。もしかしたら、囲炉裏のある赤井英和の居間のシーンは重要文化財の「脇本陣奥谷」を使わせてもらったのかも…。これで、この映画のロケは妻籠が使われたことがはっきりしました。
 京都と出石市と松本市と妻籠はアニタ・ファンの巡礼の地と決定。

 ところで、私の手元にある日本地図(中学校社会科地図ーーー骨董品的価値)には妻籠は載っていません。だから、知らなかった。 

追記:妻篭観光協会に映画のロケについて問い合わせをしたのだが、「(当時を知る人に尋ねたが)記録も残っていないし、記憶にも残っていない」とのことだった。でも、あれはゲリラ撮影だったようには思えないのだけどなぁ。
  1. 2007/10/02(火) 09:15:12|
  2. 梅艶芳
  3. | コメント:3

10月1日はジュリー・アンドリュースの誕生日

 彼女も72歳。もしかして年女。彼女には、結局、仕事では一度も会わずに終わりそう。それが夢のひとつだったのだが、私がアチコチに書いているときは映画に出演しなくて、私がプータローになっら『プリンセス・ダイアリー』だの『シュレック』の声だのでインタビューを受けるようになって、タイミングがずれている。ファンはあくまでファンでいたほうがいいのかもしれない。『ビクター/ビクトリア』のブロードウェイ公演を見に行かなかったので縁が切れたのかもしれない。

 友人が彼女のことを「いきいき」とかいう雑誌に書くと言うので今から楽しみしている。自伝も出るはずだったのに、どうなったのか。

 ファンとしては、札幌公演のときにちょっとだけ会っているし、東京でもホテルで見た。そのときにサインも貰ったし、ラスベガスのシーザス・パレスの公演にも行っているから、いいとしよう。本当に「ファンの殿堂」入りした人。とにかく、生日快楽じゃなかった、Happy Birthday to YOU!!!

  1. 2007/10/01(月) 17:43:45|
  2. J・アンドリュース
  3. | コメント:0

プロフィール

fanfunfuan

Author:fanfunfuan
 かつては、「スクリーン」や「ロードショー」などにハリウッド映画の記事を書いていたライター。あるときは[AT],あるときは[ブリジット・ファン]、あるときは[アニタ・ムイ・ファン]と、・・・つい、その場の思いつきでHNが増えてしまったが、これからはfanfunfuan。仁侠映画、林青霞、ジュリー・アンドリュース、山口百恵さんたちは私の「ファン殿堂入り」した人たち。現在は、亡き梅艶芳(アニタ・ムイ)さんに夢中。因みに、写真はアニタです。
管理人へのメールは私のHPこちらから。

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