Kyo ha tsuini kaze ga akka no itto wo tadori, kannenshite isha ni mitemoraimasu. Yujin no Matsuoka san ga nyuin chu de, ryokousha hoken no arigatami wo saininshiki shitabakari. Demo Hong Kong deha Clinic ha sonnani takaku nainode shoujou ga karui ucnini ikubeki da, to HK zijuu no
tomodachini iwaremashita. Tomokaku seki to nodonoitami ga higotoni akka desu.
- 2008/03/26(水) 15:18:26|
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Kyo no Hong Kong ha Ame. Tomodachi ga 19 nichi ni shujutsu wo shitanode omimaini ittekimashita. Kanojo ha chanto ryokousha hoken ni haitteita! Erai! Yujinn no namae ha Matsuoka Tamaki san desu.
- 2008/03/22(土) 18:29:39|
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数日前にLAのリトル東京へ行ったら、数年前、区画整理をした歩道に植えられた桜の並木が満開だった。それ以外にも、ところどころに植えられた桜が満開。ただし、デジカメを持っていかなかったし、今時携帯電話も持っていない私なので、証拠の写真がない。これではブログの意味をなさないが、まぁ、ご報告だけでもいいか、と思った。ガソリンがバカ高くなっているご時世、桜の写真を撮りにダウンタウンまで行くきがしない。ただ、桜の花に郷愁を感じるのは日本人だからか?
植えられてあまり月日がたっていないので、日本にあるような桜並木とは違って、やせた木に花が満開にさいているのだ。多分、今週末あたりでちってしまうだろう。
- 2008/03/15(土) 14:55:11|
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サイドバーにある電影宣伝自由人、FREEMANさんの
ブログ によると、とうとうキングレコードからアニタ(梅艶芳)とチャウ・センチー(周星馳)が共演したコメディ『審死官』のDVDが今年発売されるそうだ。香港では爆発的なヒットを記録した作品だが、私はイマイチその面白さが分からず、アニタのアクションとチャウ・センチーとの絶妙な漫才ぶりを楽しむだけだ。もっとも、面白さの大半は機関銃のように話される広東語の台詞だから、イマイチというのは私以外にもいると思う。日本語の字幕が付いても、それが解消されるかどうか分からないが、少しは理解が深まるかもしれない。FREEMANさんが関わっているので、映画そのもの以外にも何かサプリメントが付くことを期待する。
それから、アニタの映画デビュー作『瘋狂83』は誰に聞いても持っていない、という答えだったが、ようつべにアニタが出ている2シーンをアップロードした人がいる。奇特なお方だ。どちらもアクション・シーンでアニタは警防か何かを振り回して悪をやっつける警官の役。何事もあきらめてはいけない、という私のモットーがまたしても証明された。リンク先?あとで、ね。
追記;
ここ と
ここ
- 2008/03/13(木) 15:58:35|
- 梅艶芳
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台湾の出版社からメールが来た。これは、出版社が本の中で使った写真を送ってほしい、と言ってきたのに対し、使用権をとったのならどうして写真がないの?とへそを曲げて送らなかったのを2月末になって考え直して送った写真が届いたからだ。写真送付そのものよりも、出版社がブリジット(林青霞)に依頼したテキストのチェックが、約束の期日をすぎてもまだ半分しか終わっていない、と返事がきたという知らせに苛立ってしまったのだ。又、あの嫌な思いをしなければならないのだろうか。私の考えは悪いほうへ一気に発展した。
私は合計3年半以上も待たされた。彼女は私が余暇で本を書いているのであって、特別な期限などがなくて完成したときに出すのだ、と思い違いをしていたのかもしれない。だから、延期に次ぐ延期になっても何の支障もないと思ったのだろう。私はお金儲けが目的で本を書いたわけではないので、自分の時間と資金を使ったが、それには限度があった。フリーランスのライターだから、ひとつの区切りがつかないと次への計画が立たない。死活問題だから、本を早く出したい、と話したつもりだが、通じてなかったようだ。
念願の本が書けるたのはブリジットのお陰だと感謝をしたい。が、英語版の本を出すときのいざこざが想像以上のトラウマになっているのだ。待たされれば待たされるほど、理不尽なことだと怒りがつのった。何より、そういう、自分にも嫌気がさした。
出版社からのメールはブリジットのチェックが終わって、あとはテキストのレイアウトと表紙ディザインなどの作業に入ったということだった。一応、5月出版の予定、と書いてあった。予断はゆるされないが、今年中に出版されるなら万々歳だ。
- 2008/03/10(月) 14:36:03|
- 林青霞
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しゃおがんさんの
ブログを読んで、東京のフィルム・センターで「生誕百年 映画監督マキノ雅広」と称して彼の映画を上映中だと知った。今年から始まって今月で終わってしまうから、到底、何も見ることはできない。そういえば、監督は2月29日生まれだった。
私は一度だけ監督にお会いしたことがある。正確には、純子さんに監督のお宅へ連れて行ってもらったのだった。そのとき、どういういきさつかは知らないが、純子さんは健さんも呼んでいた。さりげない「お見舞い」の意味があったのだろう。途中の道で待ち合わせをして、二台の車でお宅へ伺った。
監督はベッドに寝ていてテレビを見ていたが、健さんや純子さんを見て、起き上がってベッドにすわった。監督のどこが悪かったのか思い出せない。いや、むしろ、お元気そうだった。早速、むかし撮った映画の話になって、私は健さんと純子さんに挟まれてそれを聞いていた。詳しい話はほとんど忘れてしまったが、健さんと純子さんが共演した『侠骨一代』の話になって、健さんが「あぁ、もういっぺん見たいなぁ」と言ったので、私が「ビデオが出ていますよ」と口を挟んだことを覚えている。(この日はプライベートのことだからテープに録音することは禁じられていた)
「すぐ失礼します」と言った健さんだったが、ずっと、最後までいた。帰りがけに、私は密かに写真くらいは撮りたいけど無理だろうなぁ、と思っていたら、監督の奥さんが「写真を撮らなくちゃ」と言い、「そんなもの、いらい、いらない」とう純子さんに対して、健さんの「撮りましょう」という一言で記念写真を撮った。結果的に、奥さんの写真は失敗したそうで、私が撮った写真を送った。しかし、その写真が監督の自伝「映画渡世」の文庫版に使われているなんて夢にも思わなかった。あのー、あの写真の著作権は私にあるんですけどぉ…。
監督のお葬式がある前日に、たまたま私は東京へ着いた。知人が駅の通りに張り紙があるから、それにそっていけばお葬式に会場に着くよ、というので出かけて行った。その通りだった。その後、キネマ旬報の追悼対談が監督のお宅であるというので、私は純子さんのお供をした。純子さんは監督が好きな黄色のバラの花束を用意していて、私がそれを持った。ン?アニタ(梅艶芳)も黄色のバラが好きなんだよね。
監督の作品では、『昭和残侠伝 死んで貰います』が”オノロケ・オン・パレード”(確か伊藤勝男さんがそう書いた)で、好きかも。でも『日本侠客伝 血闘神田祭り』も好き。監督作としては『侠客伝』シリーズのほうが傑作なのかもしれない。
追記:因みに、私は健さんとはLAで『ブラック・レイン』と『ミスター・ベースボ−ル』のときにグループ・インタビューの他にワン・オン・ワンのインタビューもしたことがあり、このときはすでに顔見知りであった。
- 2008/03/09(日) 16:43:39|
- むかし話
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テレビのニュースでパトリック・スウェイジがすい臓ガンで余命5週間、と報じている。彼の主治医はガンのことは認めたが、余命に関しては否定している。抗がん剤の治療をしているが、彼は普通に仕事をしているそうだ。タブロイドに病状を書きたてられたので今回のような正式な発表になったらしい。まぁ、中には、自ら自分の病気を発表して注目や同情をあつめたがるヤカラもいるが、パトリックはひっそりと治療に専念したかったかもしれない。すい臓ガンはガンの中でも早期発見が難しく、発見されたときは手遅れの場合が多いといわれている。
パトリックと言えば『ダーティ・ダンシング』や『ゴースト・ニューヨークの幻』が代表作と言われているが、私は『ロードハウス』も加えたい。彼とのインタビューは3度くらいしたと思う。『ゴースト・ニューヨークの幻』のときはセット訪問までした。が、あのときは、あんなにヒットするとは誰も想像していなかった。最近はめぼしい出演作がなかった気がする。そういう私はプータローだ…。
- 2008/03/06(木) 10:23:36|
- 映画
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去る2月21日に従弟が亡くなった。同じLAに住んでいながら6年間くらい会っていなかった。私の家は親戚が少なくて、父方と母方をあわせても、いとこはたったの8人しかいない。そのうちの二人が亡くなって、二人が全くの音信不通だ。しかも、結婚して子供がいるのが一人だけ。どうも消え去る運命にある家系のようだ。特に、うちは順番どおりならば、私が死ぬとお墓を守る人がいなくなる。まぁ、それも良いか。
しかし、元気だとばかり思っていた従弟が亡くなったのはショックだった。急に体調を壊して日本へ帰っていることなど知らずにいた。ちょうど知らせが来た前夜、私は古い手紙類を処分していた。従弟のはがきなどを見て、あぁ、長く連絡もしていないから電話くらいしなくちゃ、と思った。そのはがきには、「体調がやっと元に戻りました。無理はできないとわかりました」という文面だったのだ。そうしたら、翌日、母からの電話で、ちょうど、私が彼のはがきを見て、何で身体を壊していたのか思い出せないなぁ、と思っているころに入院先の病院で息を引き取った、というではないか。あの時、従弟がお別れを言いに来てくれたようだ。
あちらには、彼の両親も、祖母も叔母も叔父も、そして私の妹もいるから、みんなが暖かく出迎えてくれるはずだ。ひたすら、彼の冥福を祈るのみだ。合掌。
- 2008/03/04(火) 15:57:46|
- 日常
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今週の日曜日から夏時間になる。早い!いつもなら4月の第一日曜日から始まるのが、確か昨年からだったか、3月の第二日曜日に夏時間が始まるようになったのだっけ。そして10月の最終日曜日に元に戻るようになる…のが、11月の第一日曜日に変わったんだ。従来よりも三週間長くなったのだ。エネルギー節減にはとてもいいらしい。が、時間が変わるたびに時計やタイマー付きのものを変えなくてはいけなくて、こんがらがってしまう。
- 2008/03/04(火) 15:56:46|
- 日常
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