8日は午後から梅艶芳(アニタ・ムイ)が多額の寄付をしてオープンした東華三院梅艶芳日間護理安老院(アニタ・ムイ・デイ・ケア・センター)にボランティア活動をしに行く、という連絡を受けた。が、言葉の問題があるので、かえって足手まといになると考えて行かなかった。
夕方からファンたちと銅鑼灣(コーズウェイ・ベイ)で合流した。時代広場の時計台がある方角の向かい側は『男歌女唱』のロケをしたところだ。そしてそこには、アニタが亡くてからお葬式までの間に、道路標示ポストや電話回線ボックスのような所に、アニタの似顔絵の落書きがアチコチに出現したそうだ。あれから3年以上の月日がたつのでほとんどのものはなくなったそうだ。

これはまだ残っている落書き。
夕食はNEWAY CEOでカラオケをしながらということになった。このカラオケ屋は映画『男歌女唱』の中で一部撮影に使われた所で、大晦日も30人以上のファンが集まった。私が大晦日のカラオケ・パーティがいかに楽しかったかと日本のファンに話したら、おおいに羨ましがられたんだよ、と伝えていたからかもしれない。たまたま、日本から来ているファンもいるし、レストランでの食事も連チャンだから、カラオケがいいでしょ、と言ってくれた。私も日本からのファンも異存はなかった。
画面を見ながら、ファンの一人が当時のエピソードを思い出して話してくれた。「告別舞台演唱會」の中の「ジャングル・メドレー」では宙吊りのボードに乗って歌うところがあるが、初日だけ安全ベルトを使ったが2日目からはそれをとってしまったそうだ。あれは、見た目よりも危険だし、非常に歌いづらいと思うのだが、アニタは何事もないようにいとも簡単に歌ってしまっている。ヘェー、そうだったのかぁ。
夜もふけて、午前2時ごろにオヒラキとなった。
- 2007/05/18(金) 08:43:57|
- 梅艶芳
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