ちょっと古い話題になるが、去る17日に東京で行われた香港で「歌神」と呼ばれる張學友(ジャッキー・チュン)のコンサート、張學友光年世界巡回演唱會は一日きりとあってソールドアウトだったそうだ。香港映画ファンのブログでその感想を読むとアンコールのラストの曲は「祝福」で、観客との大合唱で終わったとか。中にはようつべで検索して2003年の梅艶芳経典金曲演唱會での梅艶芳(アニタ・ムイ)とのデュエットを見つけて涙ぐんだ人もいる。
私はジャッキーとアニタのデュエットならば映画『新仙鶴神針』(93)の主題歌が好きだ。キーがやや高めで普段アニタが歌っているような曲とは全く違うから。これは二人が所属するレコード会社の違いからついにCD化されたなかった歌だが、94年のチャリティ・コンサート(だと思う)「和平創未来」では、ライブで歌っているし、このときのクロージングの歌は奇しくも「祝福」だった。「祝福」のデュエットは94年の「第一屆金彩虹演藝紅人選舉頒奨典禮」でも披露している。こっちのほうがもっと良くハモッているので私は好きだ。そして、ちゃんとCD化されているデュエット曲といえば『男人四十』(02)の主題歌「相愛很難」がある。そうそう、デュエットではないが『夜了・・・又破曉』という単発の歌謡ドラマ(?)で二人は夫婦役で共演している。
涙ぐむといえば、コンサートの中でジャッキーが「給朋友」を歌ったときも2003年にあちらの世界へ引越してしまった張國榮(レスリー・チャン)やアニタのことを想って思わず涙した人も多かったそうだ。この歌は、しかし、アニタのことを歌ったのではなくて、スタントマン/俳優/監督/歌手の柯受良(ブラッキー・コー)が2003年の12月に上海で急死したと知って作曲したのだと当時のインタビューで彼が答えていた。「2003年の12月、あなたがこの世を去ったと聞いた・・・」というモノローグで始まる歌だから間違われても仕方がない。むしろ、今となってはアニタのために作られた曲という方がインパクトが強いのだろう。
- 2007/06/25(月) 16:35:40|
- 梅艶芳
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| コメント:2
學友がすごいな〜と思うのは、日本公演では、MCをちゃんと日本語でやるところ。
音感がいいから、覚えられるんでしょうね。
私は學友の日本で初めてのソロコンサート(たぶん1995年)の時、ちょうど東京勤務だったので、見に行きました。それも一列目(たぶん私は優先予約電話に一番最初につながった人だと思う)。その時もMCを日本語でやってて、感心しました。
「給朋友」については、私も柯受良(ブラッキー・コー)の亡くなったことをきっかけに作られたと読んだことがあるように思います。セリフのくだりは、やはり柯受良が亡くなった時のことを表しているように感じます。だって、友達から亡くなったのを聞いたとか、ラジオでそのニュースを聞きながら帰宅の途に着くという状況は、すぐに駆けつけることの出来ない離れた土地(上海)でなくなった柯受良の時の状況、と考えるほうがしっくりするから。
ただ、いろんなインタビューや記事をみていると、學友は誰と特定してない発言もけっこうあるように思います。
想像ですけど、もし、2003年に亡くなったのが柯受良だけならば、わざわざ曲にしなかったかもしれない…そんな気がします。學友は友達二人の離別のあと、柯受良まで逝ってしまったのは、かなり堪えたのではないかな。だから曲を作るきっかけになったんだろうけど、でも、実際に學友が「給朋友」を歌うときは、柯受良だけを想って歌っているんじゃなく、他の人への思いも湧き上がるんじゃないかな。
私自身、この曲を聴くと、2003年がアニタのことも含め、どれだけ悲痛に満ちた年だったかを思い、胸が痛くなる感じがします。
私は学友の8月の香港公演に行きます。こちらもチケットすごかったです。一般発売の日、URBTIXのサーバー落ちたかと思いました。でも私は一番端のセクションだけど、アリーナ4列目をゲット。旦那から、「チケット買いのプロ」と言われています(笑)。
長文コメント失礼。
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- 2007/06/26(火) 22:06:15 |
- いく #CpoERMok
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