このところ梅艶芳(アニタ・ムイ)関係のエントリーがないので、アニタ離れをしているのかも?と思われそうだが、実は、ちゃんとアニタ・ムイしている。毎日ではなくなったが、しっかり彼女の映像を見ている。
95年のコンサートを音だけに注意を払って聞いていると、オープニングの「夢伴」がレコーディングよりもはるかに低いキーで歌われたので、このころから、アニタは高音が出なくなった、と言われるが、私はそう思わない。このコンサートでは、むしろ、アニタはいつもよりも高音を聞かせている。それは、単に「アアア、アァア、アー」とか「ウッウ、ウーウーウ」というスキャットだったり、「行かないで」の広東語カバー「李香蘭」であったりする。
アニタが扁桃腺を患ったり、激やせしたりした96年から97年を境にして、体調は段々と悪くなり、それは当然ながらのど(声帯)の状態にも影響したと思う。顔つきも変わった、と思う。99年のコンサートはまだ良いとしても、2002年のコンサートは彼女の全盛のころ(告別舞台演唱會)と比べると、明らかに20年の経験でカバーした部分がある。それでも、私はあの「極夢幻演唱會」は好きだし、すごい、と感心して見てしまう。さらに、ファンが撮ったマレーシアでのコンサート(つまり、「極夢幻演唱會」のワールド・ツアー)を見ると、舞台は三面だし観客の反応がヴィヴィッドだからアニタも乗っていてもっと良い。最悪の状態での「経典金曲演唱會」だって、アニタの歌唱は他の歌手に比べたらはるかにうまいと思う。
私が言いたいのは歌手としてのアニタだけをずっと見ていると、明らかに、最後の5年間くらいから高音が出にくくなったし、歌う曲調も、歌い方も変わった事がわかる、ということだ。20年たてば、それだけ年をとって、体調も変わるのは当たり前だ。
もしも、アニタが存命でこれからも歌い続けていくとしたら、どういう進化をしたのだろうか?と考える。ジャズを歌っていたかもしれない。いや、アニタのジャズを聞きたかった。
- 2007/08/27(月) 17:31:25|
- 梅艶芳
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