誰かのファンになれば、痘痕(あばた)も笑窪(えくぼ)で、何でも良く見えてしまう。その人が誰よりも一番ハンサムだとか、美人だとか、歌や演技が上手い、笑顔が素敵・・・と思うものだ。それが、ひいきの引き倒しであろうとなかろうと、誰も傷つけるわけではないのだから、かまったものではない。
私にとって、梅艶芳(アニタ・ムイ)はなによりも「かっこいい人」だ。歌が抜群にうまいし、ダンスも演技もすばらしいが、究極的には姿かたちや生き方までも「かっこいい」と形容したい。彼女のかっこよさに惹かれたファンが多いはずだ。私はファンになってから、彼女のかっこ良さに気がついた。
密かに、ずっと、思っていたことがある。「百變梅艶芳」とか「舞台女皇」が中国語圏で彼女についたニックネームならば、私はアニタを「一人タカラズカ」と呼びたい。タカラズカは男役と女役に分かれているが、アニタひとりでどちらもこなせるからだ。いや、タカラズカ・スターよりも多才だろう。彼女の男装がかっこいいのは映画の『川島芳子』や「曼珠莎華」などのMTVを見れば明らかで、女装をしていても、というか女役でも『アンディ・ラウ 神鳥伝説』や『アゲイン 明日への誓い(男たちの挽歌3)』など、アクション映画は非常にかっこいい。さらに、歌っているときのアニタはショート・ストーリーの一人舞台を演じているのも同じで、曲のリズムに合せて扇をひらいたり、閉じたり、キメ・ポーズをしたり、単純に上着のぼたんをはずすだけでも、かっこいい。
豪華なガウンやミニ・スカート、古風な旗包(チーパオ)や長衫(チョンサン)という衣装でも、スーツにネクタイの男装でも、何でも着こなせる。もちろん、ブランドの服でも、普段着のカジュアルなシャツとジーンズでも、トラック・スーツでさえもかっこいい。アニタはモデル体型だから、似合わない装いはないのでないか。
彼女のかっこよさは、ダンスの才能と関係があり、パーソナリティーも自ら「男っぽい」と言っているから無縁ではないだろう。踊っているときのアニタがかっこいいのは当然だ。ただし、その陰には彼女の努力があったと思う。家には大きな姿見があっただろうし、ダンスのリハーサル場には壁一面が鏡張りになっている。それを見ながら、ダンスはもちろん、単純な立ち姿や階段から降りてくるときの足の運び方、セリから上がってくるときと下りるときのポーズ、歌のおわりのキメ・ポーズなど、ステージ上で自分がどのように見えるのか、どうしたらスタイリッシュになるのか、アニタは常にチェックと研究を怠らなかったはずだ。そのに、いわずもがなだが、アニタにはスターに必要不可欠なカリスマが備わっている。
アニタが子どもの頃に広東オペラをレパートリーにしていたことも役立っている。広東オペラには日本舞踊に近い真髄がある。目線、腕の動き、手や指の先まで神経が行き届いている表現が、自然に身についだのだろう。腕や指が長く手も大きいので、流れるような美しさがより映える。「床前明月光」のMTVが顕著にそれを証明している。
「アーティストは自分のベストの姿を人に見せるべきだ」という使命感を持っていたアニタ。自分は不美人だと信じ、天才と評されると同意しなかったが、スタイリッシュだ、と言われることは自認していた。
- 2006/08/22(火) 16:13:15|
- 梅艶芳
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