ムゲン・スペース・メモランダム

一度ファンになると、一生付き合っていくのが私のファン流儀。言い換えれば、そういう人しかファンにならない。私の世界はムゲン・スペース。夢中になれるって、しあわせ。

転校生

 このごろ、死期が近づいてきたのか、子どもの頃の出来事を思い出すことが多い。まぁ、人間は確実に死に向かって生きているのだから、単にヒマなだけで特別な意味はないのだろう。梅艶芳(アニタ・ムイ)の子ども時代のことを調べて書いているうちに、自分のことをつらつらと考えて、比較してしまった。私は彼女よりもずっと恵まれていたが、似たような経験があるので、なんとなく分かったような気になる。
 一番似ているのは、友達がいない寂しさを知っていることだろう。私は父の仕事の関係で北海道の中だけだが、3,4年ごとに引越しをしなければならなかった。小学校は三度変わって、中学は2回、高校だけは3年間同じだった。同じ市内や近郊への引越しならばそれほど問題はなかったと思うが、私の場合は、室蘭(むろらん)を振り出しに、札幌、釧路、函館、札幌・・・と引っ越した。北海道の中でも、たとえば、釧路と函館では気候も話す言葉も人々の気質も全く違う。これは、他の県でも同じだろうか? 
 室蘭から札幌へ引っ越したときは小学校の2年生のときで、教科書も揃っていないし、何も分からなくて惨めだった。ちゃんと一人で家に帰られたのが不思議なくらいだ。制服があった中学では、学校によって違うので、それができるまで、目立ってしょうがなかった。転校で一番嫌だったのは、見知らぬ教室に入って自己紹介をしなければならなかったことだ。私の苗字がちょっと変わっているし、それを言うことも漢字を説明することも、嫌だった。おまけに、変わっているのですぐに覚えられてしまう。
 家の周りや学校の様子が頭に入り、教科書が揃ってクラスメートに馴染むまで、数週間はかかったと思う。その間、私は「物珍しいお客さん」だった。休み時間はひとりだし、何かするとそれとなく観察されているのが分かる。大きなヘマをしないように緊張していた。自分がアウトサイダーだ、と言う感覚は抜けなかった。
 クラスにはある程度の派閥があり、それを見分けなければならない。いやに親しく馴れ馴れしい人は何か魂胆があるかもしれないし、何よりも主導権をとられないように気をつけなければいけない。もっとも注意を払うのは、クラスのボスは誰かと言うこと。・・・と言うようなことは、経験をつむたびに分かってきたことだった。
 遊びともだちは時間が経つにつれて何人かできたが、別れてしまうとそれっきりだった。お別れ会のときに「ずっと友だちよ」なんて言われても、人の心はうつろいやすい、と子どものときから実感していたのだった。
  1. 2006/09/02(土) 08:07:08|
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 かつては、「スクリーン」や「ロードショー」などにハリウッド映画の記事を書いていたライター。あるときは[AT],あるときは[ブリジット・ファン]、あるときは[アニタ・ムイ・ファン]と、・・・つい、その場の思いつきでHNが増えてしまったが、これからはfanfunfuan。仁侠映画、林青霞、ジュリー・アンドリュース、山口百恵さんたちは私の「ファン殿堂入り」した人たち。現在は、亡き梅艶芳(アニタ・ムイ)さんに夢中。因みに、写真はアニタです。
管理人へのメールは私のHPこちらから。

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