9月も早、中旬になってしまった。あと20日余りで、香港へ行く。梅艶芳(アニタ・ムイ)のファンクラブによる誕生日のイベントがあるからだ。生身のアニタはいないのだけれども、アニタ・ファンが集まって、アニタをしのびつつ、彼女が残したもの、そのすばらしさを語り合える。
来年は叔父の法事と重なるので行けそうにないから、行けるときに万難を排して行く・・・と決めているのだ。
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それから、いくさんのブログも併せて読んでほしいです。アニタのコンサートでのコメントやゲストのトークなどが日本語に訳されています。アニタ・ファン必読のブログです。
片面のみアニタの歌というアルバム「心債」が出たあと、翌年の3月27日に行われる東京音楽祭・世界大会にも香港代表として出場が決まる。TBS及び音楽祭のチーフ・プロデューサーだった渡辺正文氏がアニタを高く評価して東京音楽祭への参加を勧めたそうだ。当時は非常に権威のある音楽祭のひとつだったから、デビュー間もない彼女が選ばれたのは異例の抜擢だ。アニタは日本語でエントリー曲の「唇をうばう前に」(「交出我的心」の日本語歌詞版。作詞はなかにし礼。これもTBV番組『警花出更』の主題歌に使われた。J・ウォン作詞、J・クー作編曲)を歌った。当時の記事によると、F・チャンはもちろんのこと、J・ク−、J・ウォン、アニタの姉のアンなど総勢10人くらいが日本へ行った、とある。
初めて行った日本(雑誌の記事にはアニタがファンクラブの副会長をしていた西条秀樹の日本でのコンサートに行った、というくだりがあるが、これは香港でのコンサートの間違いだと思う。日本へ行ったのは音楽祭が初めてだと勝手に断定する)、武道館で大観衆を前にしてライオネル・リチー、ナンシー・ウィルソン、コニー・スティーブンス、ゲストのバリー・マニロウらと同じ舞台に立って歌う、ということはアニタにとって貴重な体験だった。彼女のエントリー番号は11で、ライオネル・リチーのあとに落ち着いて歌った。アニタ自身はそれほど自分の歌に満足していなかったらしいが、個人賞としてアジア特別賞とTBS賞を受賞した。これらの個人賞は日本での番組内(生放送)で放送しなかったようだ。音楽祭の第一回に出場した葉振棠(ジョニー・イップ)がアジア特別賞を受賞しているが、アニタは2つの賞を受賞した、と香港では大きく扱われた。因みに、L・リチーは「ユー・アー」で大賞を「愛と青春の旅立ち」を歌ったジョニー・コッカ―&ジェニファー・ウォーンズとともに同時受賞している。もしも、彼女のエントリー番号がラッキー・ナンバーの「10」だったら・・・、と考えなくもない。アニタのプロファイルに「お気に入りの歌手」としてライオネル・リチーの名が挙がっているのは、このときの印象が影響しているような気がする。
- 2006/09/14(木) 15:20:47|
- 梅艶芳
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