前回からのつづき。
そうそう、アニタが日本のアニメーションの主題歌をレコーディングしたのも、82年の暮れか83年初めごろではなかろうか。彼女は日本のアニメーション『DRスランプ』の主題歌のカバー曲「IQ博士」を歌った。が、彼女はアニメーションの主題歌を歌うのは気が進まなかった。プロの歌手がどうして子ども向け番組の歌を歌わなければいけないのか、と思ったらしい。普通に歌わずに、わざと子どもっぽい声に変えて歌った。そうすれば、採用されないだろうと言う魂胆だった。それが「IQ博士」だ。この歌はアニタの思惑とは反対に、香港大衆に愛されてリクエストが多い。それで、彼女は85-86年の香港コロシアムでの初ソロ・コンサートではフル・コーラス歌った上に、観衆がアンコールを希望して、さらにワン・コーラス歌っている。以来、コンサートのアンコールやゲストのリクエストなどで歌うことになった。さらに、「IQ博士」と同じような歌い方で『ゲームセンター あらし』(香港でのタイトルは『電子神童』)の挿入歌「一股歪風」も歌っている。同じ時期のレコーディングなのか、「IQ博士」が好評だったから歌ったのかは定かではない。
同じ日本のアニメーションの主題歌でも『新竹取物語 1000年女王』(香港タイトル『千年女王』)の主題歌(「千年女王」)および挿入歌「傳説」は、普通に歌っていて「赤色 梅艶芳」のアルバムに入っている。アニタがアニメーションの主題歌でもおろそかにしてはいけない、と悟ったのかどうかは分からない。「赤色 梅艶芳」は大ヒットしてアニタはスターの仲間入りをした。「IQ博士」と「一股歪風」が入ったコンピレーション・アルバムは近年まで入手不可能だったが、昨年発売された子ども番組の主題歌や挿入歌を集めたCD「成人兒歌」の中に「千年女王」と「傳説」とともに納められている。
83年の11月ごろのオールスター・バラエティ番組「龍鳳呈祥台慶」のフィナーレで、アニタは張國榮(レスリー・チャン)や羅文(ローマン・タン)らに混じって「再共舞」を軽やかに、しかもベテランのように歌っている。わずか一年余り前にデビューした人とは思えぬ風格がある。デビューした当時は声がアルトということや「新秀コンテスト」で歌った「風的季節」の影響もあって、アニタは「徐小鳳(ポーラ・ツイ)二世」とか「ポーラの二番煎じ」とか言われたものだが、一年以上たつと、誰もそのようなことは言わなくなった。



それから、『83瘋狂』や『表錯7日情』という映画にもカメオ出演した。ただ、歌うだけではなくて、演じることにも芸域を広げていく。というか、香港では常に人気者と接していたいという要望があって、歌手でも映画やテレビ・ドラマに出演するのは当たり前のことだ。といっても、彼女は言われた仕事をこなしていたに過ぎない。女優になれるとは考えてもいなかったのだ。取り合えず、所属レコード会社との関連会社である邸氏兄弟(香港)公司(ショウ・ブラザース)と3本の映画契約をしたにすぎないのだ。これも、M・ライが「契約の間を取り持ったのは私だ」と話している。(M・ライの話だけを信用すると、何でも彼のクレジットになってしまうのは否めない。どこまで真実なのかは分からない。)こうして、83年は瞬く間に過ぎた。
- 2006/09/29(金) 17:24:45|
- 梅艶芳
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