日本時間の今日は、私が懇意にしている純子さんのお誕生日だ。
公けには12月1日ということになっているが、本当は、11月22日に生まれたのだそうだ。「父が愛人のところにいて私が生まれたのを知らなかったのよ」といわれた時は、エッ!?と思ったが、その愛人の存在は公然の秘密だったとあとで分かった。要するに、市役所に届けに行くのが遅くなったわけだ。
私は純子さんが引退してからのファンで、出演作の6割くらいしか見ていない。にも関わらず、個人的な知り合いになった。初めのうちは、会うたびに、サインを貰ったり、写真を撮ったりしていたが、最近はそれをしなくなった。それでも、私は彼女の大ファンで、純子さんが憧れの人であるのは変わりがない。
スターのファンになると、まずは顔を覚えてもらい、次に名前を覚えてもらい、電話番号なんかも教えてもらったりして、ご飯を一緒に食べたり、できるなら家にも招かれたい・・・というのが願いだと思う。私は非常に恵まれたファンで、三度目にあった時に、すでにお宅にお邪魔して、ご飯もご馳走になっていた。一年に2,3度会う程度だったのが、私がロサンゼルスに住むようになってからは4年くらい会わなかった。それでも、覚えていてくれて、以来、東京へ行くと電話をしていた。楽屋に出入りしたり、お芝居や映画を一緒に見たりしたこともある。そういえば、浅草から三越劇場へ行くときに、時間がないので私と地下鉄・銀座線に乗ったことを思い出す。
実は、純子さんの本を書きたいと12年くらい前に許可を得ようとしたら、「3年待って」と言われた。3年たった頃、林青霞(ブリジット・リン)さんの本に取り掛かってしまった。純子さんの術中にはまってしまった私がいけない。インタビューはたった一度しかしたことがない、と不平を言うと「あなたには何でも話しているじゃない」と言われた。確かにそうだ。知らなくてもいいことまで知っているかもしれない。でも、それは書けない。
「私のことを書いても売れないわよ」
「売れるかどうかが問題じゃないんです。書くということが重要なんです」
と言ってはみたが、私にはもう書けないかもしれない。客観的にみることができないから。
(後日談:私がブリジット・リンのファンになって、彼女に会いたいなぁと香港映画関係のライターさんやファンにもらしたら、全員から「そりゃ無理だ。不可能に近い」と言われた。でも、私は純子さんに会えたのだから、ブリジットにだって会えるはずだ、と疑いもなく信じていた。結果はご覧の通り。私って幸せ者だ。)
- 2006/11/22(水) 12:27:02|
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| コメント:2
こんにちわ。
「客観的にみることができないから」とのことですが、そのようなスタンスでも『高峰秀子の捨てられない荷物』のような名著もあることですし、ぜひおまとめになって下さい。
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- 2006/11/22(水) 20:34:48 |
- せんきち #KqqD2.12
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