メリー・クリスマス!!!
聖誕快楽!!!
1985年の続き。
私の個人的な経験でも、香港の新聞の社会面の記者から「私は読者が読みたいと思う記事を書く」と胸を張って言われたことがある。ある香港スターにインタビューしたときも「知り合いのレポーターが事実ではないと知りつつ嘘を書いた。その人にクレームをつけたら『本当のことじゃないのだからいいじゃない』と言われた。記者の給料は安いから、新聞が売れるようなことを書かなければならなかったのだろう」と聞いたことがある。
このようなゴシップに関して、アニタは忘れられないことのひとつに、「クリスマスの夜に、ある仕事を終えてホテルから車に乗るためにチムサーチョイの人通りの中、信号を渡って歩いていたら、背後から男(複数だったかもしれない)が『梅艶芳、ドラッグ中毒者!』と罵声を浴びせた。そのときは歯を食いしばって屈辱に耐えた」と言うようなことを語っている。もし、そこで彼に言い返しでもしたら火に油を注ぐようなものだ、と知っていたから。アニタは言葉よりも行動で身の潔白を証明する道を選んだ。
この出来事は、はっきりいつのこととアニタは語っていないが、私は84年ではないかと思う。面と向かってか、聞こえよがしにか、屈辱的な言葉を吐かれたことは何度もあっただろうと推測する。これをアニタはバネにした。精進して、誰からも後ろ指を指されることのない立派な歌手になろう、とアニタは決意した。それに、いちいち噂さを否定しても、それが消えるどころか増長させるだけだと彼女は知っていた。沈黙を守るのが一番だ。人はこれをアニタの頑固さの表れ、という。私は、アニタは負けず嫌いなのだと思う。後ろ指を指されるようことは何もしていないというアニタの人間としてのプライドが許さなかったのだと思う。叩かれれば叩かれるほど、その思いは強くなる。ドラッグや刺青の噂さは事実無根であると身をもって証明するしかない。ジムに通うようになり、プロテインを飲んだりして体作りをしたそうだ。その結果が表れているのは90年のコンサートで「夕陽之歌」と「耶利亜」を歌ったときの純白の衣装だ。
その前に、ドラッグと刺青の噂さを打ち消したのは89年に発売された『梅艶芳烈燄紅唇』のジャケットや「烈燄紅唇」のMVだ。彼女が「パイナップル」と呼ぶこの衣装はワンピースの水着に鋲をつけたようなもので、彼女の肩から腕が露出しているから、そこに刺青も注射のあともないのは一目瞭然だ。もっとも、マスコミは「あとを消したに違いない」と言ったそうだが。どうやら、アニタはこの衣装が好きではないらしい。その映像が出るたびに、恥ずかしがるというか、ナイフで腕を刺すジェスチャーをしたりする。必要以上に胸の隆起を強調しているからだと思う。ディザイナーのエディ・ラウの教えのひとつに「アーティストは、嫌だとか出来ない、とか言うものではない」ということがあり、それに従って彼のディザインした衣装を着たものの、とても居心地が悪かったのだろう。アニタは大胆な、肌を露出する衣装をきることがかなりある。ただ、彼女の体型をそのまま見せるのは問題ないが、「上げ底」は嫌いなのだろう。こういうことも彼女の性格が出ていると思う。


(↑國語盤のカバー)

- 2006/12/22(金) 17:33:58|
- 梅艶芳
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