Hong Kong kare Sapporo he no idou bi. Japan kara Hong Kong deno koto wo oshirase suru yotei desu.
追記: 無事、札幌に着きました。ただし、香港での様子をレポートできるかどうか・・・。まぁ、気長にお待ちくださいませ。
お知らせ: コメントが承認されずに放置されているものは、すべて、エッチ系のものです。その点をご了承くださいませ。
- 2008/10/13(月) 10:44:49|
- 日常
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本日はアニタ(梅艶芳)のお誕生日。生きていれば、45歳だ。香港ではファンクラブ主催のバースデー・パーティが開かれる。主客はアチラの世界に引っ越してしまったが、ファンは今でも彼女の誕生日を祝う。生前は9日の夜からアニタの自宅で親しい人たちが集まってパーティが始まり、12時を回って
ケーキ・カットがあるそうだ。そして、その夜は正式なバースデ・パーティとなる。90年の後半まではホテルやレストランでパーティが盛大に行われたが、2000年になってからは彼女の家で行っていたようだ。
ところで、香港での「ハッピー・バースデー」はラストのフレーズを♪Happy birthday dear Anitaとは歌わずに♪Happy birthday to Anitaと歌う。どうしてだろう?

↑これは、2002年のマカオで行われたファンクラブ・バースデー・パーティ。文字通り、アニタもファンもハッピーだったパーティ。このあと、ローマン(羅文)が亡くなり、そして、アニタは自分の病状を知る、から。
- 2008/10/10(金) 12:00:00|
- 梅艶芳
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ブリジット・リン(林青霞)が先週末からニューヨーク市(NYC)にいて、友人の知り合いLが偶然にある中華レストランで彼女を見たそうだ。ブリジットはウォン・カーワイ(王家衛)と一緒で、彼ら(クリストファー・ドイルもいたようだ)はNYCでの『楽園の瑕 リデックス』の上映会に出席したのだそうだ。別の友人が「ブリジットがNYCに来るよ、行くの?」とメールをしてきたから、そのニュースは知っていた。
最近のブリジットは7月のトニー・レオン(梁朝衛)とカリーナ・ラウ(劉嘉玲)の結婚式に行ったり、今回は、94年秋のベネチア映画祭に出席して上以来(『楽園の瑕』が出品したから)実に14年ぶりに女優・林青霞として公けの場に出席したり(どちらも『楽園の瑕』つながり)で、なんとなく、スクリーンにカムバックする日もそう遠くはなさそうな気がする。以前は毎日のように香港と台湾の新聞の娯楽欄をチェックしていたが、02年以来、殆どそれをしなくなった。だから詳しいことは分からないが、ブリジットとマイケルの結婚は破綻しているようだ。
二人が94年の6月に結婚してから、マイケルには常に浮気というか、女性との噂が絶えなかった。ただ、私がブリジットと会っていた頃は、単なる噂に過ぎなかった。しかし、近年、マイケルは女を囲っていて、その人との間に男の子が生まれたそうだ。そして、彼はブリジットとの離婚を希望しているが彼女は絶対に離婚しないと言っている、と言われている。先日ばったり会った世界日報のレポーターがご親切に教えてくれた。
今年の初めにマイケルがESPRIT HOLDINGSを売ったと聞いた時から、悪い予感がしていたのだが、そんなことになっているとは知らなかった。どこまでが本当なのかわからないにしろ、九龍にある自宅以外に、香港島にも家を新築したのは事実で、それは子供たちが通学しやすいように…というようなことだったと思うが、事実上、二人は別居しているのだろう。マイケルには60歳を過ぎてやっとできた男の子。その可愛がりようはすごいそうだ。しかしねぇー…。
香港へ行けば、もう少し詳しくわかるかなぁ。
- 2008/10/07(火) 16:44:09|
- 林青霞
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小春日和、と言うよりも夏のように暑くなるインディアン・サマー。9月は結構暑い日があるのだが、ここ2,3日の暑さはもう10月に入ったのに、ナンダ!?と言うくらいに暑い。おまけに、アパートのエア・コンを修理中なので、その暑さは尋常ではない。あと一日ガマンしなければならないそうだ。エア・コンがないアパートに住んでいた頃は、外から帰ってくると部屋全体がオーブン役目をして、ドライ・サウナのように暑くなっていた。ひたすらアイスクリームを食べた日もあったなぁ。
そんな中、箱詰めなんかしていられないので、あっさりとお引越しを延ばしてしまった。その代わり、歯医者通いは終わった。売れるような本は古本屋へ持っていった。もしかしたら、私が自費出版した本も半分くらいは引き取ってくれるかもしれない。お金にはならないが、捨てるよりはいい。
10月上旬はアニタ(梅艶芳)のバースデー・イベントがあるので香港へ行き(もう飛行機のチケットを買ってある)、帰りに日本へ寄って、下旬にはLAに戻って再び荷造りとなる。今度は、本当に、真剣に終わらせなければならない。そうしないと、年を越してしまう。それだけは絶対に阻止したい!
追記: 結局、エア・コンは大掛かりな修理となって、部品が届くのを待って修理するそうで来週末までエア・コンがない状態が続くそうだ。私は7日からいなくなるけど、それまでは蒸し風呂状態から逃れられない。もう、華氏100度(摂氏33度くらい)になる日はないことを祈ろう。
- 2008/10/03(金) 00:46:36|
- 日常
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アメリカに住み始めて、初めて口座を開いた銀行はバンク・オフ・アメリカだった。単に家から一番近いところにあったから利用したのだが、行員の態度は悪いし不愉快な思いしかしなかったので、まもなくホーム・セイビングスという預貯金銀行に変えた。ここはとてもサービスがいいし、接客態度もいい。気に入っていたのだが、数年前にシアトルに本社があるワシントン・ミューチュアルに合併吸収されてしまった。このとき、数行の預貯金銀行が一度に合併吸収されたのだった。今年に入ると、例のサブプライム問題が表面化して、どうやらワシントン・ミューチュアル略してワムーの経営が悪化していると言われていた。で、昨日、ワムーはJPモーガン・チェイスに身売りした。日本の新聞記事は
ココ 。
私は銀行には借金しかないので、身売りをしようが破綻しようが、ほとんど影響はない。ついでに私の借金も帳消しにしてくれたら言うことはないのだが、そうは問屋がおろさないそうだ。な〜んだ。しかし、今月の金融ショックも、お金がない私は心配する必要が何もない。借金生活にだって良いことはあるのだなぁ。
- 2008/09/27(土) 15:59:35|
- 日常
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あまりはかばかしくない。映画のスライドを大量に持って行こうとしたがやめた。めぼしい(香港の映画人が関わったものやお気に入り)作品だけにとどめようとしているが、いちいち見ないと分からないので時間だけたっている。それに、疲れる。もう、3日もかかっている。だから、全部持っていこうとしたのだが、友人の一言で気が変わった。
気に入ると集める性分なので困るのだ。、スウォッチはたかだか3年間くらいだったが、3箱に分けて入れた。。まだ、スペシャルもので入らないのがある。あーあ。第一、ちゃんと動くのかなぁ。
あと、映画関係の大型で分厚くてものすごく重いハードカバーはどうしよう?ディズニー映画、スターのポートレート、ポスターなどの写真集。ヨン・ファン(楊凡)のはもったが、あとは処分するべきだろう…。図書館へ寄付するしかないのかも。
- 2008/09/25(木) 17:24:46|
- 日常
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箱詰めはまだまだ続いている。昨夜、日本の友人から、「女一人生きていくのに、シンプルな方がいいよ。ゴミにお金を払って日本へ持ってきて、それを捨てるのにお金をまた払うんだから、思い切って今捨てた方がいいんじゃない?」と言われた。日本ではゴミを分別して捨てなければならないそうで、しかも、大きなゴミはお金を払わなくてはならないそうだ。その友人は「LDなんか表の袋、ジャケットンの紙、ディクスが入っている袋、と全部取り出して捨てたのよ。100枚以上も。それに、古くなったら色が飛んで見られるシロモノじゃなかった」と言われた。そうかぁ、じゃぁ、ジャケットだけにしようかな?LDって重いからなぁ。…とまだ、全てを捨てきれない。
さて、私は一時期チャールズ・ファジーノのサリグラフ(3Dアート)に凝った時期がある。ヒロ・ヤマガタのそれとは違って、まんがチックなファジーノの作風は殺風景な部屋に丁度良いと思ったのだ。アートのことは全く分からないが、何より気に入ったし、油絵のように高価ではなかったら(サリグラフは作品によっては同じものが500とか250とか大量生産?できるからだ)、私にも買えた。数点を買って、自分で壁に掛けた。それらの一つを外して、プチプチでカバーしようとして驚いた。確か、この絵をかけるときに壁(プラスター)に5センチ四方の穴を作ってしまったはずなのに、それがないのだ。私はその穴を修理した覚えはない。誰かが私の知らぬ間に修理したのだろうか?そんなことがあるだろうか?第一、私は誰かにこの絵の下には大きな穴があると話したことがない。不思議。それとも、私はアルツハイマーなのか?
日本の家にはアートを飾るような壁のスペースがない。が、もちろん、これらは捨てずに持って帰る。
- 2008/09/22(月) 16:25:44|
- 日常
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昨日、歯の歯垢を取りに行って、2年ぶりに歯のチェックをしてもらったら、一本、今すぐに治療すべき歯が見つかった。日本へ帰るからいい、とは言って見たが、すぐに良い歯医者が見つかるかどうか分からないし、3週間あるのだから治療は終わる、と説得されて、もっともな話だと思った。これは、私がそう選んだのだが、指の怪我といい、歯医者といい、どうも、日本へ帰るまでに色々とあるなぁ。あと3週間で山のようにある私の荷物を日本へ発送できるのだろうか。つまり、箱詰めが終わるのだろうか、ということ。歯医者なんかに行っている暇があるのか?
しかし、考えようによっては、これだけ頑張って帰るのだから、何かいいことがあるかもしれない。もっとも、荷物を送っても、私は月末前に戻ってきて事後処理をしなければならない。日本とLAを行き来するのは無駄のような気もするが、10月前半に香港へ行けるうちは行くと決めたのだから仕方がない。本当は、歯のインプラントが終わった夏に引っ越すべきだったのだ。それが、何となくやる気もなくて遅くなり、このままでは来年になってしまうかも知れぬと考えて、10月初め、と自分自身に締め切りを決めたのだった。
ズルズルとLAにいたのは、誰のせいでもなく、私が怠惰だっただけだ。3週間あるのだから歯医者に通いながらパッキングをしよう。自分のツケは自分で払わなければならない。今のところ30箱できた。まだまだ、物はあるのだ。やはり、自費出版した本は捨てるしかないなぁ。
- 2008/09/17(水) 15:01:48|
- 日常
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ロサンゼルス時間の昨日、9月11日は追悼の模様が報道されようがされまいが、多くの人たちにとって決して忘れられない日だ。2001年のあの日の衝撃。そして恐怖。忌まわしい記憶は時が薄めてくれるとは言うものの、人々が忘れてはならない日だと思う。8月6日と8月9日のように。
アニタ・ムイ(梅艶芳)のファンにとって9月5日は何日かある「ファンとして忘れられない日」のうちの一つだろう。アニタが「自分は病人だけれども、弱い人ではない。この戦いに勝ってみせる」と言った日だ。当時の私はまだファンになっていなかったので、6日付の新聞記事の見出しをみて噂が本当だったと知った。時差があるので、ロサンゼルスでは5日の夕方だった。真相を知らなかったから、アニタならきっと元気になるだろう、と単純に思った。
当時の記者発表の模様を目にするたびに、涙一つ見せず、言葉に詰まったりもしないで淡々と心情を語ったアニタって、本当に、強い人だと思う。あの日からの約4ヶ月あまりの間に「忘れられない日」が何日もある。2003年のあの日を境に、アニタは今生での永遠なる別れを自ら演出したのだった。見事、と言うしかない。
そのほか、9月生まれの香港スターが何人かいる。その生死に関わらず、ファンにとって忘れられない日だ。
- 2008/09/13(土) 14:35:50|
- 梅艶芳
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ビデオの整理をしている。コピーのコピーやベータ・テープなどごっぞり出てきて唖然とした。未使用も随分ある。昔のテープは1本が今のテープの2倍くらいの重さだ。かなり捨てたのに、日本へ送るのは箱に3つくらいかと思ったら、それ以上になりそうだ。まずい!
さらに、80年代から90年代にかけてのインタビュー・テープが200本くらい出てきた。一人のスターに対して、当時は50分間くらい、4,5人のグループ・インタビューが主だったが、段々、人数は10人以上になり、時間は20分くらいに短縮されたのだ。スターや監督のナマの声が入っているから、貴重は貴重だけれども(すでに鬼籍に入られた方のインタビューもかなりある)、聞き返すかなぁと考えると疑問だ。その上、ブリジット(林青霞)など、香港映画関係のテープも50本以上ある。念のためにオーディオをCD化しようと思っても、時間がない。捨てるしかないな。一対一のインタビューのなかで気に入ったものはとっておこうかなぁ。
大体、コンピュータに向かっている暇などないのに、そういうときになると、せっせと更新したくなる。困ったものだ。
- 2008/09/10(水) 07:30:41|
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